EndlessChain W〜血の洗礼〜 2














それから更に数日後、私は食材の買い出しの為、一人とぼとぼと商店街を歩いていた。
あの日、なのははとても頑張ってくれたのだが、ついにその口から私の名前が発せられることは無かった。
フェ、まで出るのになんだってその先が出ないのか。
実は私の名前って呼びにくかったのだろうかと、発音と発声の本を呼んだが、別にそんなことはなさそうだった。
いや、でも、幼い子ならきっとフェイトと言えずに、ふぇーと、とかそんな呼び方になっちゃうように、なのはも上手く言えなかったんだきっとそう。
 
 
 
 
「……虚しい……」
 
 
 
 
そこまで自分で考えて、私はがっくりと肩を落とした。
どんな楽天家だって誰も納得しないだろう。
 
 
 
 
「う……いいんだ、ちょっとずつ進歩はしてる……」
 
 
 
 
まぁ頑張んなさい、と一生懸命やり取りを繰り返していた私達を置いて、薄情なアリサはさっさと帰っていった。
きっかけを放るだけ放って、結果まで放置して帰るとかさすがアリサだ。
結局呼んでもらえなかった、と通信で白状するとまぁそうでしょうね、なんてさらっと言った。
おまけに私はこれからも名前呼んでもらうから、という嫌味までくっつけて。
 
 
 
 
「……遊びにきてもアリサの分のご飯は作ってなんかやらないんだ……」
 
 
 
 
そしてそんな、ささやかな抵抗しか思い浮かばない自分にまたがっくりする。
思っていたよりずっと、自分は何も出来ないのではないかと、最近特に考えさせられている。
 
 
 
 
「……世界の色が変わったみたい」
 
 
 
 
友人たちとでさえ、こんなに長時間一緒にすごした事はない。
それなのに、なのはと過ごす日々は私の知らない私を、次から次へと引っ張り出す。
子供には甘い方だと思っていたが、全然違った。
甘いとか、そんなレベルじゃない気がしてきたのはここ数日。
今日は何があった、なのはがフェイ、まで言ってくれるようになった、なのはがご飯の手伝いをしてくれた、ソファに並んで腰かけてくれるようになった……
そんな連絡をするたびに胡乱な目つきになっていくアリサが怖い。
……ロリコンじゃない…………はず……
 
 
 
 
「そうだよ、だってほら、別にそこらの子供たちを見たってなんともないし!」
 
 
 
 
通りを駆けまわる子供たちに、少しだけ頬が緩む。
でも別にそれだけだ。
なのはみたいに、可愛くて可愛くて可愛くてものすんごい可愛くてうっかり自分の何かがぐらっと揺れることも別に時々、本当にたまにちょっとしか、無い。
 
 
 
 
「…………」
 
 
 
 
……このままだと本当に親友によってなのはから隔離されそうだ。
 
 
 
 
「それだけは何としても避けないと……」
 
 
 
 
ぐらぐら揺れているのは私の理性か、それとも私と言う存在そのものか。
なのはという少女の突然の来訪は、それほど私の世界に影響をもたらした。
なのはが何の為に西のこの国へやってきたのか、なるべく考えないようにするほどに。
 
 
 
 
「だって……」
 
 
 
 
それ、が何にしろ、終わったらきっとなのはは、飛び立ってしまうから。
その瞳の様な空の向こうへ。
 
 
 
 
「…………うん、とりあえず、材料買って、早く帰ろう……」
 
 
 
 
なのはが待ってるから。
いなくなる前に、早く。
 
 
 
 
「すぐ、戻るよ……」
 
 
 
 
考え始めたら止まらなくなった。
そんな焦燥感を胸に抱えて、私は足早に商店街を回るのだった。
 
 
 
 ◇
 
 
 
「……うー……降られた…………」
 
 
 
 
そしてそれからしばらく後、ずぶっと雨に濡れた私はびしょびしょになりながら帰宅した。
ぽたぽたというよりぼたぼたと垂れる水滴。
髪から衣服から、これでもかと零れ落ち、あっという間に玄関に水たまりを作った。
……後で掃除しないとなぁ……
 
 
 
 
「ただいまー」
「汚いから入るな」
「私の家なんだけどっ!?」
 
 
 
 
ただいま、という私の声に間髪いれずに返ってきた酷い台詞。
奥から姿を現したのは、予想通り悪友のアリサだった。
 
 
 
 
「ちょっと、誰が悪友なのよ」
「アリサなんて悪友に格下げでいいんだ」
「なのは連れて帰るわよ」
「絶対だめ」
 
 
 
 
バチバチっと視線で火花を散らす。
親友なんだか悪友なんだかもうよく分からない友人は、こうやって人の家に勝手に上がり込むこともしばしばだ。
全部ひっくるめて腐れ縁って言う気がしてきた。
大体私が出掛けてる間に、なのはと二人っきりだなんて許せない。
その特権は私だけのものなのに。
何よりあんなに可愛いなのはが誰かと二人っきりとか、なのはに何も無いか心配でたまらない。
 
 
 
 
「……あたしはあんたの溶けた頭の中と、身の危険を感じてそうな、なのはの方が心配よ……」
「と、溶けてないよ!」
「じゃあきっと腐ってるんだわ」
 
 
 
 
ずばっ、と人が触れないようにしてる事にずかずか踏みこんでくるアリサ。
わ、私だって、これでも頑張って色々我慢を、して……っていうか、何しにきたのかな本当に。
 
 
 
 
「いいじゃない、仕事の息抜きくらい必要よ」
「……つまりサボりに来たんだね」
「リフレッシュと言いなさい」
「えぇー……」
 
 
 
 
あくまでアリサの中ではリフレッシュ休暇であって、サボりと言う訳ではないらしい。
世間一般ではそれをサボりと言うと思うんだけど、アリサにとっては違みたいだ。
 
 
 
 
「そうよ、せっかくいけ好かない好事家のせいで、ささくれだった気持ちを癒そうと思って来たのに、あんたのせいで散々だわ」
「……いくらぼったくったの?」
「大したことないわ、別荘一つ買える程度よ」
 
 
 
 
……それは十分悪徳だと思う。
 
 
 
 
「おまけになのははいないし……どこ連れてったのよ」
「……え?」
 
 
 
 
アリサに嫌われたせいでがっぽりぼったくられた好事家に、ちょっとだけ同情していた私の耳に届いたのは、奇妙な言葉だった。
なのはが、いない?
私が連れていった?
……一体アリサは何を言っているんだろう。
 
 
 
 
「……ちょっと、何よ、あんたが一緒に連れて行ったんじゃないの?」
「……いや、私は一人で買い物に出た、んだけど……」
 
 
 
 
ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
 
 
 
 
「わ、私が来た時はもう誰も……待って、待ちなさい、じゃあ、なのはは一人で……」
「……っ!?」
「フェイトっ!?」
 
 
 
 
そして一つの結論に達した時、私は弾かれた様に踵を返した。
玄関の傘立てに入った傘は一つだけ。
雨が降り出してからやってきたアリサの分だけ。
なのはの為に買った小さめの傘ともう一つ、私の傘が消えていた。
そう、『私の傘』が。
 
 
 
 
「アリサ! ここお願い!!」
「ちょ、待ちなさいフェイト! フェイトっ!!」
 
 
 
 
背後から聞こえるアリサの制止を振り切って、私は雨の街へ走り出す。
待つ?
何を?
雨の中、私を探してるはずのなのはがいるのに。
 
 
 
 
「はぁはぁ……なのは……なのはぁー!!」
 
 
 
 
さっきより更に激しくなった雨の中、私はなのはの名前を呼びながら、がむしゃらに路地を走る。
大通りなら後でいい。
例えなのはに気がついても目立ったことはそう出来ない。
少なくとも個人ではなく軍が関与するはずだ。
……だけど、それが裏通りだったなら?
 
 
 
 
「なのは、なのはー!」
 
 
 
 
戦争が根付かせた、無意味な憎悪。
殺せ、壊せ、東の者を生きて返すな……それが女子供であったとしても。
……存在そのものが、この国では禁忌になる。
 
 
 
 
「いない……どこに……」
 
 
 
 
手近な路地はほとんど見たのに、なのはの姿は見つからない。
私と入れ違いで家に戻ったのだろうか、それともやはり大通り?
ぐるぐると回る思考にそれでも消えない嫌な予感。
 
 
 
 
「なのは……はっ…………っ!?」
 
 
 
 
もう少し遠くの路地か大通りを回ってみようか……そう思い始めた私の耳が微かな物音を捉える。
何かが割れるような音と、怒声。
それに交じって聞こえる――
 
 
 
 
「な、のは…………なのはっ!!」
 
 
 
 
音を頼りに通りからは死角になった裏路地を駆け抜ける。
最後の角を曲がった瞬間、路地の奥にその姿を捉えた。
 
 
 
 
「っ、このガキ!!」
「手間掛けさせやがって!」
「殺せ!」
 
 
 
 
口々に飛ぶ怒声。
地面に引き倒されたなのはと、それを囲む男達。
白刃が、振りあげられて。
 
 
 
 
「……ト、ちゃ…………フェイトちゃんっ!!」
 
 
 
 
――声が、聞こえた。
 
 
 
 
「っ……あぁぁぁぁっ!!」
『Sonic Move』
 
 
 
 
限界を超えたブーストに身体が焼けるような痛みが走る。
何もかもがゆっくりと流れる視界、遠い距離。
早く、もっと早く……!!
落ちていく白刃は、なのはの上に――
 
 
ズシュゥッ……!!
 
 
肉を断つ、音がした。
 
 
 
 
「あ……が、あぁぁぁぁっ!?」
 
 
 
 
白刃ごと切り落とした手首が宙を舞う。
吹き出した返り血を浴びながら、残り二人の腕も切り落とす。
武器を持ったまま転がる腕、振り撒かれる大量の血が辺りを血で染めていく。
 
 
 
 
「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」
「いてぇ、いてぇよぉぉっ!!」
「……失せろ、次は腕だけじゃすまさないっ……!!」
 
 
 
 
怒りと血で真っ赤に染まった視界で、のたうち回る男達に抑えた声で言い放つ。
蹴飛ばされた様に散り散りに逃げていく男達。
剣を振れば、流れ落ちた血脂がびしゃり、と跳ねた。
 
 
 
 
「……なのは」
 
 
 
 
私の傘を抱いたまま、呆然となのはは私を見上げる。
無事だった、間に合った。
だけど、伸ばした私の手は血まみれだった。
 
 
 
 
「っ……」
 
 
 
 
全身から浴びた血が滴り落ちる。
――触れられない。
激しく軋む心を抑えて血に濡れた手を引き戻す。
 
 
 
 
「っ!? なの、は……?」
「……ごめんなさい」
 
 
 
 
その時、引き戻した私の手をなのは両手が引き止めた。
血が、なのはの両手を伝って流れ落ちる。
 
 
 
 
「ごめんなさい……ごめんなさいフェイトちゃん……」
「っ!? 違う……違う、なのはのせいじゃない! 私、私がっ……!!」
 
 
 
 
引き寄せた私の手を抱き締めて泣くなのは。
熱い涙が、私の手に次々と落ちてくる。
 
 
 
 
「いいんだ、なのはが無事ならそれでいい……!! 泣かないで……私が絶対守るから……!!」
 
 
 
 
残った手でなのはの小さな身体を抱き寄せる。
抱かれた手がなのはの涙で濡れていく、纏わりついた血を洗い流すように熱い涙が攫ってく。
 
 
 
――救われたのは、どちらだったのか。
 
 
 
雨の中、なのはの嗚咽だけが私の心を打ち鳴らしていた。
 
 
 
 ◇
 
 
 
ぱちぱち、と燃える暖炉の火。
ソファに座りこんだ私は、揺れる炎をただじっと見つめていた。
ずぶ濡れで、薄くなったとは言え血臭を纏って帰ってきた私となのはに、アリサは何も言わず着替えと風呂の用意をしてくれた。
聡いアリサは概ね何があったのか、既に察していたのだと思う。
暖炉に火を入れ、食事の用意まですませていってくれたアリサは、去り際に一言だけ言った。
『……思うようにしたらいいわ、あんたは何も、間違ってなんかいないもの』
私の両手も、想いも、否定しない私の親友。
捨てたくない、たくさんのもの。
……私にもちゃんとあったじゃないか、全部、この手の中に。
だから行けなかったのだと、やっと分かった。

――私は、ここにいたい。
 
 
 
 
「フェイト、ちゃん……?」
「ん……? どうしたの、眠れない?」
「う、ん……」
 
 
 
 
力なく笑うなのはの瞳。
精神的にも肉体的にも消耗した様子が見て取れて、どうしてもっと早く、見つけてあげられなかったのかと悔やんでしまう。
そして、光が過るなのはの瞳。
蒼い瞳に、瞬く紅。
 
 
 
 
「……なのは?」
「っ……」
 
 
 
 
それを振り払うように頭を振る。
それでも抵抗するなのはを、あざ笑うかの様にちかちかと明滅する紅の光。
私達の種族の宿命……吸血衝動。
幼いなのははまだだったようだけど、今日の出来事で呼び起されてしまったのかもしれない。
 
 
 
 
「……おいで、なのは」
「フェイトちゃん……」
 
 
 
 
いやいやと首を振るなのはを少し強引に抱き寄せる。
それでも膝の上に抱きあげたなのはは、衝動に身を震わせながらもしがみついて我慢を続ける。
 
 
 
 
「私の血は、嫌?」
「っ……」
 
 
 
 
ずるい聞き方だと思う。
だけど、そうでもしないときっとなのはは、私の血を吸おうとしない。
葛藤と渇望で揺れる瞳を見つめて、その額に口付けを一つ落とす。
大きく身を震わせたなのはが、ためらいながら私の首筋に顔を埋めた。
 
 
 
 
「ん……」
「っ……は……好きなだけ飲んでいいよ……」
 
 
 
 
なのはの小さな牙が私の血を吸い上げる。
なのはに流れ込む、私の血。
抱き締めた小さな身体、この世で一番、大切な。
 
 
 
 
「なのは……」
 
 
 
 
君が望んでくれるなら、私の総てを君にあげよう。
汚れたこの両手でも、君を守れると知ったから……


 
 

...To be Continued
 


(あとがき?)
……ということで先行公開分はここまでになります。おっきいの×ちっちゃいのとか萌ゆるグハッ(殴
まだまだ物語は続きますので、よろしければ本の方をお手にとっていただければと思います〜☆ 

2011/8/11


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