EndlessChain V〜金色の閃光〜














「……」
「……」
 
 
 
 
夕食の準備も出来たし、温かいスープも用意した。
完璧、と自画自賛しているところに、ちょうどあの少女も目を覚ましたので、
スープを持ってベッド脇の机に腰を下ろした。
……それから早十分少々。
 
 
 
 
「……」
「……」
 
 
 
 
警戒心をむき出しにして、私をじっと見つめる蒼い瞳。
もう一度見たいとは思ったけれど、こうも厳しい目を向けられるとちょっと切ない。
 
 
 
 
「えと……」
「っ……」
 
 
 
 
なんとか会話の糸口がつかめないかと、口を開いただけで、ずざっとベッドの上で後ずさりされた。
怖がられるような顔ではなかったと思うのだけど、実はそうでもないのだろうか。
これといって自分の容姿を気にかけたことは無かったのだけど、微妙にショックだ。
 
 
 
 
「……ん?」
「っ〜!?」
 
 
 
 
警戒心全開の少女を前に、これからどうしよう、と困り果てていると、くぅ〜、と可愛らしい音が聞こえた。
どうやら少女の身体は随分と正直者で良い子らしい。
さっきまでの張りつめた緊張感が一気に無くなる。
 
 
 
 
「これ……ちょっとぬるくなっちゃったけど……」
「……」
「とりあえず味に問題はない……はず。いや、うん、大丈夫だよ、きっと……ちょっと料理は久しぶりだっただけで……あ、ほら、私も食べるし、だから、えっと……」
「……」
「う……その……」
 
 
 
 
それでも中々スープに手をつけない少女に、安心してもらおうと色々喋ってはみたけれど……喋れば喋るだけ墓穴を掘っている気がするのはなぜだろう。
戸惑ったように揺れる蒼い瞳に、段々言葉が尻すぼみになっていく。
 
 
 
 
「…………いただき、ます……」
「あ……う、うん!」
 
 
 
 
これはダメかも、とちょっと泣きたくなってきたところに、ようやく少女がそう言ってスープ皿を手にとった。
ほっと一息ついて、私も自分のスープ皿に手を伸ばす。
スプーンで一口掬って口に含むと、やはりだいぶ冷めてはいたけど、野菜の優しい甘みが口の中に広がった。
うん、この味なら十分合格点だ。
見ると少女も最初は恐る恐る、後は黙々とスープを口に運んでいた。
どうやら気にいってくれたらしい。
 
 
 
 
「ごちそうさまでした……」
「お粗末さまでした……もう少し味が濃くてもよかったかな?」
「え、いえ……美味しかったです……」
「そっか、よかった」
 
 
 
 
綺麗に片付いたスープ皿を受け取って微笑むと、やっぱり少女の瞳は戸惑ったように揺れる。
それでもさっきとは違って、ぽつぽつと返事を返してくれるのだから大した進歩だ。
ご飯の力って偉大だね、うん。
 
 
 
 
「あの……私、どうして……」
「ん、そうだね……雨の中倒れた君を、ちょうど通りかかった私が連れてきたんだけど……覚えてない、よね?」
「……ごめんなさい……」
「あぁいや、謝ることじゃないよ? 怪我も無かったし、具合も良くなったみたいでよかったよ……でも少しゆっくりした方がいいと思うから、身体が本調子になるまではここにいるといいよ。ここには私しかいないから遠慮することはないし」
「でも……」
「いいから、ね?」
「……はい……」
 
 
 
 
私の迷惑になるのでは、と遠慮がちな少女を少し強引に引き止めると、少女は小さく頷いてくれた。
まぁ実際遠慮する必要は本当に無いし、正直、何が目的にしろ、少女が一人で外に出るのは危険すぎる。
 
 
 
 
「あ、そうだ、まだ名前言ってなかったね。私はフェイト、君は……?」
「私は……」
 
 
 
 
そういえばまだお互い名前も知らない。
のんきに自己紹介なんてしてる暇が無かったと言えばそうだけど、順番が色々間違ってる。
先に私が名乗って、それに彼女が答えようとした時……不意に軍からの通信を知らせる電子音が響いた。
 
 
 
 
「とっ……ちょっとごめんね。……はい、フェイト・テスタロッサです」
『失礼します、申請いただいた休暇の日程についてですが……』
 
 
 
 
それは休暇の日程を知らせる連絡だった。
ちょっと多めに申請してみたのだけど、意外にも全部あっさりと通ったらしい。
将軍を討ち取った報奨の意味合いもあるのかもしれない。
そのまま日程の確認だけで通信は終わった。
最後に一言残して。
 
 
 
 
『以上です……しかしさすがは我が軍が誇る金色の閃光ですね。次の作戦の成功も期待しています。それでは』
 
 
 
 
そんなお決まりの称賛に、半ばうんざんりしながら通信を切った私はぎくりとした。
 
 
 
 
「っ……」
「……あなた、が……」
「……」
 
 
 
 
少女もまた、その通信を聞いていることをすっかり失念していた。
彼女は東の者だ。
金色の閃光、その二つ名が戦場でどれほど恐れられ、そして東でどう言われているか知っているはず。
青ざめて震える少女がそれを証明していた。
金色の閃光、それは、戦場の死神。
 
 
 
 
「……君に、さっき言ったことは本当だよ。ここにいて構わないし、もしどこか行きたいとこがあるなら、連れて行ってあげる。……触れるなと言うなら触れないし、もちろん危害を加えたりもしないから……」
「わ、たし……」
「……今日は、もう休むといいよ。どうするかは、明日聞かせて」
 
 
 
 
私の言葉に戸惑う少女を残し、食べ終わったスープ皿を持って踵を返す。
どれだけ言葉を重ねても、私という存在を拭うことは出来ないと分かっているから。
諦めと後悔で作られた血染めの両手。
そんな私が少女一人助けたところで、許されるはずもない。
 
 
 
 
「はっ……今更すぎる……」
 
 
 
 
選んだのは自分自身。
争いの止まないこの世界で殺し続ける道を選んだ昔の私。
信じていた、勝ち続ければこの戦争を終わらせることが出来るのだと。
少女と変わらない位の頃から振るい続けた剣は、成長するにつれ、
そんなものは幻想にすぎないのだと私自身に突きつけてきた。
私のやり方では変わらない、変えられない。
……それなら私がしてきたことは、何だったと言うのだろうか?
 
 
 
 
「傷つく権利なんて、あるわけがない……」
 
 
 
 
焼きついた彼女の表情が頭から離れない。
流してきた血の結末が、そこにあった。
 
 
 
 
「……明日、アリサのところに行こう……」
 
 
 
 
彼女にはああ言ったが、彼女が私のところに留まるとは思えない。
アリサに相談して、迷惑かもしれないが引き取ってもらうか、何かしら今後を考えなくてはいけない。
そうするべきだ。
 
 
 
 
「……名前、聞けなかったな……」
 
 
 
 
重い身体を引きずって、リビングのソファに崩れるように倒れ込む。
聞けなかった彼女の名前。
優しくする資格さえ、とうの昔に無くしていたのだ。
軋む胸の痛みに、一筋だけ涙が零れた。
 
 
 
 ◇
 
 
 
それに気がついたのは馴染んだ感覚だったからだろうか。
眠りについたはずの私は、深い暗闇の中にいた。
 
 
(……夢?)
 
 
夢なのか、現実なのか判然としない。
霞がかかったような意識の中で、一つだけはっきり分かった。

――近づいてくる、殺意。

じりじりと、けれど確実に私に近づいてきているそれは、戦場で、
そしてこの国にいてなお私に付き纏う、馴染んだ感覚。
死神の、足音。
それでも、ここまで近く感じたことはなかった。
 
 
(……あぁ、そうか……やっと……)
 
 
迎えに来たのだ、いつまでも出向こうとしない私のことを。
 
 
(自分からは行けないのに、迎えに来るならいいなんて)
 
 
自分の勝手さに苦笑する。
死ねない自分。
ずっと終わりを望んできたはずなのに。
 
 
(……?)
 
 
それでもこれで終わるのなら本望だろう、そう思っていると、近づいてきていた殺意がぴたりと止まった。
早く連れて行って欲しい、もう疲れた、……そんな私の思いに戸惑い、反するように。
 
 
(……どうして……)
 
 
そしてゆっくり、私から引いていく。
なぜ、どうして。
ここまできて私を連れて行ってくれない。
 
 
(まだ、生きろというのか……!!)
 
 
私が生きて何になる。
何一つ変えられない、奪うばかりの私の両手。
それなのに、世界は私を殺さない。
幕を引くなら自分で引けと、そう言うように。
 
 
(……私は……)
 
 
意識がより深い闇へと落ちていく。
終われなかったことを惜しいと思うのに、自分では終わらせることのできない身体を抱えて。
変わらない現実に戻るために。
 
 
 
 ◇
 
 
 
「っ……?」
 
 
 
 
次に意識が戻った時、私は眠りについたソファの上にいた。
さっきまでの事ははっきり覚えているのに、あれが本当だったのかそれとも幻だったのか、判然としない。
ただ見慣れた天井と、頬を濡らす涙に、自分が戻ってきてしまったことだけは確かで、それがまた情けなく思う。
乱暴に涙を拭って溜息をつく。
今日もまた、変わらない一日が始まる。
 
 
 
 
「……ん? あぁ、君も起きた?」
「……」
 
 
 
 
無理矢理ソファから身体を起こし、朝食の準備をしようと立ち上がると、寝室へ続くドアが開いた。
こちらを窺うように現れた少女に声をかけると、彼女はびくりと身体を震わせる。
たった一晩休んだくらいで、私への恐怖心が消えるはずもない。
 
 
 
 
「……」
「……? どうかした?」
「……あの……」
 
 
 
 
当たり前とも言えるその反応に苦笑していると、驚いたことに少女はこちらへ近づいてきた。
少しずつ、一度ちょっとだけ下がって、また踏み出す。
少女自体、迷うように立ち止り、近づいてくる。
そして私を見上げる位置まで来た彼女は、その蒼い瞳を私に向けて言った。
 
 
 
 
「昨日の、お話なんですけど……」
「あぁ、うん……私の友達を紹介するから、そこかもしくは目的のところに……」
「……ここに」
「……え?」
「ここに……置いて欲しいんです……」
 
 
 
 
小さく、けれどはっきりとそう彼女は言った。
私に怯えているはずなのに、ここに置いて欲しいと言う少女。
現に今だって、私を見上げるその身体は微かに震えているし、顔色だって良いとは言えない。
ただその瞳だけが、揺るがずに私を見つめている。
 
 
 
 
「……本当に?」
「はい……迷惑じゃ、ないなら……」
「……」
 
 
 
 
そしてじっと私の返答を待つ少女。
何が彼女に、ここに残る決断をさせたのかは分からない。
だけど、どうしてだろう。
彼女がそう言ったのは、何故だか私の為なんじゃないかと思えてしまって。
 
 
 
 
「うん……うん、分かった……」
 
 
 
 
私を気遣うようなその視線にありがとうと呟く。
それだけ言うのも、今の私にはやっとのことで。
胸が詰まって、涙が落ちそうで俯いた。
 
 
 
 
「……なのは、です」
「え……?」
「私の名前。なのはです」
「…………なのは?」
「はい」
「……なのは」
 
 
 
 
はい、ともう一度答えて、少女――なのはぎこちなくだけど笑ってくれた。

本当に一体どちらの為なのか。
こうして私達の奇妙な同居生活が始まった。


 
 

...To be Continued
 
 

2011/8/8


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