EndlessChain U〜蒼い雨〜














「……報告は以上です」
「そうか……くくく……ついに、ついにあの男が死んだのか……!!」
「……」
「よくやった、よくやったぞテスタロッサ大尉!! 東の目障りなあの男が死んだ! これで我らの勝利は大きく近づいた!!」
「……」
 
 
 
 
これで昇進も間違いない!
……そう叫ぶ男は机の向こうで大声で笑い続ける。
この程度の男が自分の上官なのか、と悲観する気持ちはとうの昔に無くしている。
最低な世界に最低な生き物が跋扈している、それは最早動かし難い事実として存在する。
絶望等と言う言葉は使い古され、今や世界中へと溢れだしていた。
 
 
 
 
「ここはやはりこちらから総攻撃を……いや、今はまだその時期では……」
 
 
 
 
敵軍の要であった将軍の一人が死んだ。
私が、殺した。
戦局は西の私達に傾くだろう。

そう、『一時的』に。

私達の勝利?
そんなものがどこにある。
一人殺したぐらいで戦いの全てが終わるのなら、この戦争は間違いなく存在しない。
そんなレベルの話では無いのだ。
おそらく、始まった時からもうずっと。
個体数の圧倒的な減少。
長命種ならではの弱点であるそれは着々と私達を蝕んでいる。
そう、この戦争もきっといつかは終わるだろう。
種を維持できなくなるまで個体数が減った時、私達の絶滅と言う形をもって。
 
 
 
 
「閣下……」
「む……あぁ、ご苦労だったな大尉。下がっていいぞ」
「はっ……」
「まずは本部へ報告を上げる。いずれまた次の任務が決まるだろう。それまで身体を休めるといい」
「はい……失礼します」
 
 
 
 
追撃か否か、結局自分では判断せずに、上に委ねることにしたらしい。
その権利がありながら、一部隊の方向性すら決められないのだから、器が知れる。
……まぁでも、おかげで私にとっては久しぶりの休暇を取ることが出来そうだ。
上官の部屋を出ると、私は数少ない友人の姿を思い浮かべた。
 
 
 
 
「シャーリー、はそれこそ本部に行ってるはずだし、ティアナも任務中だから会えないけど、確かアリサがこの前貿易から戻ってきた、って連絡をもらったような……」
 
 
 
 
ぱっと思いつくのはやはりこの三人だ。
死にたがりのこんな私にも、こうして思い浮かべることが出来る友人がいるというのは中々に驚きだけど、
もっと驚くのは彼女らもまた、私を友人と認識してくれているということだろう。
どこがいいのか欠片も私には分からない。
以前アリサにそう言ったらところ、殴られ蹴られついでに転がされながら『理由なんか無いわよ当たり前でしょ!』と、なぜかとても怒られた。
意味が分からない。
それでもそんな奇特な彼女たちは今でも私の友人であり続け、この世界と私を繋ぐ細い糸として存在していた。
 
 
 
 
「……とりあえずアリサに連絡してみようかな……」
 
 
 
 
その細い糸すら無くなれば、私は消えることが出来るのだろうか?
いや、むしろそんなものは関係無しに、戦場で散る可能性の方が高いかもしれない。
現にこれまでの戦場を思えば、まだ生き残っている事の方が奇跡に近い。
……それでもこうして帰ってきたのだから、連絡くらいは入れておこう。
皆、私の安否をいつも気にかけてくれていることは、間違いないのだから。
……アリサに関しては後が怖いし。
 
 
 
 
「この前も、うっかり忘れたら体罰と一緒にお説教だったし……うぅ……あれ?」
 
 
 
 
理不尽な仕打ちを思い出し、思わず身震いをしながら隊舎を出ると、外は雨が降っていた。
強い雨脚に重たい雲。
 
 
 
 
「……まぁいいか」
 
 
 
 
隊舎内に戻って傘を探す、という選択肢もあったが、なぜかそんな気にはならなかった。
濡れて帰ればいいだけ、と面倒を理由に私は雨の中を歩きだす。
……それに、雨は嫌いじゃない。
消えることは無いと分かっていても、纏わりついた血臭がほんの一時、薄れるような気がするから。
血染めの手が何一つ変わらなくても。
 
 
 
 
「家まではたいしてかからないし……ん?」
 
 
 
 
思ったより冷たかったけど、と内心でぼやいていると路地の奥に人影が見えた。
反射的に剣に手が伸びる……が、よく見ればそれは子供のようだった。
私より大分低い背丈に、麻のローブ。
私と同じで傘はさしていなかった。
 
 
 
 
「……君、こんなところで何を……!?」
 
 
 
 
進んで他人と関わるつもりは無い。
それでも、さすがにこの雨の中に放っておくわけにもいかない、と近づいた私の方へその少女は振り向いた。
そう、少女だった。
フードの下から僅かに覗いた亜麻色の髪に、子供らしいが整った目鼻立ち。
そして何よりも印象的な蒼い瞳。
ぼんやりと、ここではないどこかを見つめている様な雰囲気なのに、なぜか目を引かれる、不思議な色合いをしていた。
そしてその瞳から、雨に混じってつぅ、と一筋、透明な雫が落ちた。
 
 
 
 
「っ!? ……君は……わっ、ちょっ!?」
 
 
 
 
一瞬、見惚れていた私は、目の前で傾いだ小さな身体に慌てて手を伸ばし、地面に倒れ込むギリギリのところで抱きとめた。
ぐっしょりと雨を吸って重く、そして冷たくなった衣服と対照的に、その小さな身体はとても熱い。
 
 
 
 
「まずい……ひどい熱だ」
 
 
 
 
少女の額に置いた冷え切った私の手が、あっという間に熱を持つ。
この小さな身体にこれだけの高熱はかなり危険だ。
 
 
 
 
「すぐに休ませないと……」
 
 
 
 
瞳を閉じ、荒い呼吸を繰り返す少女を抱きあげる。
ここからなら走ればすぐ、家に着く。
 
 
 
 
「大丈夫、すぐに暖かいところに連れてってあげるから」
 
 
 
 
すでに意識もほとんどなさそうだったが、そう声をかけ、私は雨の中を駆けだした。
 
 
 
 ◇
 
 
 
「……はい、じゃあこれ着替えと薬、その他諸々一式ね」
「うん……ありがとうアリサ」
 
 
 
 
それから数時間後、私はアリサから少女の着替えや薬など、必要な物を用意してもらっていた。
あの後、少女を連れて家に戻った私は、すぐにアリサに連絡を取った。
医者を呼ぶより、アリサのところのお抱えの医師に来てもらった方が早いし、それに腕も確実だから。
程なくして医師を連れて飛ぶようにやってきたアリサは、すぐに少女を医師に任せると、代わりに私の事を蹴り飛ばした。
彼女が雨に打たれていたのは私のせいじゃないのに……と、思っていたらそのことではなく私の事だった。
『ずぶ濡れで突っ立ってるんじゃないわよ!』と怒られ、私自身ようやくその事に気がついた。
どうやら予想外の事態に色々と動揺していたらしい。
だからって蹴らなくてもいいのに、と思わないわけではなかったけれど、心配させているのは私の方なので反論の余地はない。
すごすごと風呂場に行き、浴槽でしっかり温まってから戻ってくると、薬が効いたのか、少女の呼吸は幾分穏やかになっていた。
 
 
 
 
「ごめん、急に呼びつけて……」
「別にいいわよ、こんな状況なら仕方ないでしょ。それに……あたしに連絡したのはたぶん正解よ」
「うん?」
「この子……東の子でしょ。普通の医者だったら面倒だったかもしれないわ」
「あぁ、そうだね……」
 
 
 
 
私達ヴァンパイアにも、大なり小なり地域によって種族の外見に違いがあったりする。
中央から西の地域には、私やアリサの様に色素が薄い白色系が多く、逆に東の地域には色素の濃い黄色系の者が多くいる。
もちろんそれだけで決めつけは出来ないが、少女の特徴的にはおそらく東の者だろう。
アリサに連絡をしたのは、それが一番早くて尚且つ確実だったからだけど、
確かに他の医者であったなら断られるだけならまだしも、問題になっていた可能性が高い。
 
 
 
 
「フードに隠れてたし、気にしてる余裕なんてなかったから、考え無かったよ……」
「あんたね……まぁ、うちのが口外することは無いから、安心しなさい」
「うん。ありがとうアリサ、助かったよ」
「…………」
「……?」
「…………で?」
「ん?」
「どうするの、あの子」
「…………うーん」
「いや、うーんって……」
 
 
 
 
私の返答とも言えないような返答に、アリサはがっくりと肩を落とした。
いや、うん、だってそんな、雨の中熱で倒れた女の子に対して、その後の事まで考えて拾ってくるわけがないし。
考えなし、と言われればそれまでだけど、迷ってる暇なんか無かったわけで……
 
 
 
 
「普通なら身元確認とか、役所に引き取ってもらって終了だけど……」
「うん……東の子だとしたら、それも難しいかな……」
「それどころか、変なのに捕まったらその瞬間終わりだわ」
 
 
 
 
東と西の亀裂は深い。
戦争の長さが、そのまま二つの地域の間に横たわっているも同然だった。
東の者、というだけで、この子は憎しみの対象になるだろう。
 
 
 
 
「……まぁ、それだったらとりあえず、元気になるまでは私が面倒見れば、いいかなぁ……って」
「まぁそれしかないでしょうけど……なに、お休みもらえたの?」
「うん……一応、ね」
 
 
 
 
新しく殺した分、もらった休暇。
察しのいいアリサはそれ以上特に言うことも無く、そう、とだけ頷いた。
 
 
 
 
「それならまぁ、いいんじゃないの。あんたも一人でいるとほんとにずぼらだから、同居人がいるならちゃんとご飯も食べそうだし」
「ずぼらって……」
「出来るくせに料理しないし、血だってあんた取らないじゃない」
「あぁ、うん……はい……」
 
 
 
 
ほんとにちゃんと食べなさい、と軽くお説教モードに入ったアリサに、私は曖昧に頷いた。
正直、寝て過ごすだけの事が多いから、どうしたって食事は一食、多くても二食がいいとこだし、血に至ってはあまり欲しいと思うこと自体が無い。
吸血種としてそれはどうなんだろう、と思わないわけじゃないけど、人からもらう必要も無くて楽でいい、と最近ではむしろちょっとありがたい。
 
 
 
 
「まぁ、うっかりあの子の血を吸っちゃうよりは、いいかもしれないけど」
「…………」
「……ちょっと、何よその沈黙は」
「いや……確かに結構可愛いとは思うけど……って、何でそんな目で見るの!?」
「あ、ごめん、この子やっぱあたしが預かるわ」
「えぇぇぇ!? ちがっ、別にそういう意味じゃな……」
「あとは変態がいるって通報しないと」
「ちょっとぉーっ!?」
 
 
 
 
ちらっと余計な事を言ったら、問答無用で変態の烙印を押されてしまった。
『変態じゃないよ!』『ロリコンは十分変態よ!』『だから違うってば!』
……なんてやり取りをしなきゃいけないとか、ちょっと悲しい。
 
 
 
 
「とにかく……私が連れてきたんだし、私がちゃんと面倒みるよ……」
「あー、はいはい、じゃああたしはその子が襲われないようにたまに様子見に来るわ」
「だから違うのに……」
「それじゃ今日は帰るわ。ちゃんと食事くらいしなさいよ、じゃあね」
 
 
 
 
またなんかあったら連絡するのよ、と言い置いて帰っていくアリサ。
確かに今日は助けられたけど、言いたい放題言って帰ってく友達ってどうなんだろう。
アリサらしいと言えばそれまでだけど。
 
 
 
 
「さて……念押しされたし、とりあえず何か食べようかな……」
 
 
 
 
ぐっと伸びをして今夜の献立を考える。
ふと少女に視線を移せば、落ち着いたのかさっきよりもずっと呼吸が楽になっていた。
この分なら思ったより早めに目を覚ますかもしれない。
そうしたらまた、あの綺麗な瞳が見れるだろうか、名前も教えてもらいたい。
 
 
 
 
「……私ってこんなに他人に興味あったっけ?」
 
 
 
 
ちょっとだけそう考えて、まぁいいやと傘を取る。
どうせなら温かいスープか何かで迎えてあげよう、と私は買い出しに向かうのだった。


 
 

...To be Continued
 
 

2011/8/7


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