戦争がある。
とても大きな戦争が。
大陸を二つに分断しての醜い争いは、既に何百年以上も続いていた。
始まりは知らない。
私が産まれた時にはもうこんな状態だったから。
いつ始まったのか、何が原因だったのか、きっともう誰も知らない。
命な種族だというのに、私達よりもこの戦争は長い時を生きている。
私達の命を糧にして。
終わりの見えない牢獄のように。
そんな中で分かっていることは一つだけ。
今日もまた、私が誰かを殺すということ。
「ふっ!」
「はっ!」
ギィンッと噛み合う刃に混じって、短い呼気が漏れる。
刃が掠めた箇所からは血が滴り、辺りにはお互いの身体から立ち上った血臭が立ち込める。
始まった時は二人じゃなかった。
双方の小隊が接触した時には十人以上いた。
高かった日が地平線に沈んだ頃には皆いなくなっていた。
残ったのは私と相手の将軍の二人だけ。
ただそれだけのこと。
「おぉぉっ!!」
「くっ……」
気迫の籠った重い一撃。
受け止めた刃が悲鳴を上げる。
体格で勝る相手の将軍の攻撃は速くて重い。
いなして受け流すだけと分かっていても、そう簡単にその通りにはさせてくれない。
「むっ!?」
「はぁっ!!」
それでも速さなら私の方に分がある。
攻撃を受けづらいのであれば攻めるのみ。
一瞬の隙を突き、守る側から攻めに転じる。
切りつけ、離れ、また切りつける。
「くぅ……」
「はぁはぁ……」
長時間戦い続け、ここにきての無茶に私の身体が悲鳴を上げる。
けれどそれは相手にしても同じこと。
致命傷でなくても流れる血が増えれば、いずれ動くことは出来なくなる。
(……必死だな、私)
そう、必死だ。
なんの為に?
生き残る為に。
なぜ?
分からない。
(生きていたって、しかたがないと思っているのに)
それなのに、私はなぜ生きているのか。
生き続けようとしているのか。
「くぁ……ぬおぉぉぉ!!」
「はあぁぁぁっ!!」
雄叫びと、刃と、血飛沫。
全ての音が、消えて。
「……」
「……」
残ったのは、肩口を掠めた熱い痛みと、肉を抉る剣の感触だけだった。
「ぐっ……」
「……」
ぐらり、と将軍の身体が傾ぐ。
抜けた剣の後から血が噴き出し、将軍は元より、私の半身をもまた赤く染め上げる。
他人と、僅かばかりの自分の血で満たされた荒野。
「……なぜ……そんな、顔を、する……」
「……」
折り重なる十を超える死体。
私達の種族が不死身だなんて誰が言い出したのだろう、こんなにもあっさり、何もかも消えてしまうのに。
「……生きる、のが……辛い、か……?」
「……はい……」
「……濁った、どぶの、様な世界、だ……」
「はい……」
長命な吸血種。
血で血を洗う、愚かな一族。
血を欲したのか、血が私達を呼んだのかは分からない。
終わりの見えない、底なし沼。
「……そう、思っていた……」
「……?」
なのに、なぜ。
「俺は、見つけた……」
「……何を?」
「……意味を……」
「意味……?」
「奪う、しか……能の無い、俺の……」
「……」
世界は。
「……お前にも、ある……」
私を、生かそうとするんだろうか。
「奪ったのなら、生き、ろ……」
「私、は……」
「探せ……分かる、まで……こっちには、来るな、よ……」
「…………」
そして、荒野には私一人だけになった。
「……」
私の足元には完全に事切れた将軍が横たわる。
どれだけ待っても、彼がもう一度喋ることは無い。
奪ったのは、私。
「っ……」
生きろ?
生きたい。
生きたくない。
でも死ねない。
……それなら私は、どこへ行けばいいんだろう。
「ぁ……」
手練だった。
終われるかもしれなかったのに、出来なかった。
泣きたいのか、嗤いたいのか、それすら分からない。
濃密な血臭に衝動よりも込み上げるのは吐き気の方で、それがまた無性に可笑しかった。
「……私、私は……」
救いを求めるように見上げた空には、月も無く。
広がる曇天には光など無いと突きつけられる。
「はは……」
闇に生きることを選んだのは私達。
まるで血で出来た牢獄のようなこの世界で。
――私達に、夜明けなんて来るはずがない。
世界が消える、その時まで。
...To be Continued
2011/8/6著
リリカルなのはSS館へ戻る