蒼い翼を鶯に(一章抜粋)





多分、どこかで覚悟はしていたのだと思う。

 

「本日よりこちらで生活をして頂きます」

 

その言葉に、はい、と頷いて格子をくぐれば、後ろでガシャンと鉄の錠がかけられる音がした。

 

「……広いですね」

 

敷かれた真新しい畳、整えられた調度品。
奥にはもう一間あるのか襖があり、横の小部屋には厠と湯殿まで併設されているようだ。私の立場を思えば贅沢という言葉を持ってしても表しきれない待遇だろう。

 

「勿体無い限りです……」

 

呟いて畳へと腰を下ろす。
唯一残念なことと言えば外が見える窓がどこにも無いということくらい。
外部との隔絶を目的としていることを考えれば当然だ。
代わりに手の届かない高いところに開閉式の採光口と風を入れるための場所があるのが見える。
付属している棒で上げ下ろしをしろということだろう。
他にも用意されている灯、書物、筆や硯……ここで暮らしていくことを可能な限り負担が無いようにとの配慮が随所に窺うことが出来る。
ここで、そうこの場所で――人質として暮らしていくのだ。


息女を城へと上げるように、との通達があったのは私の十の誕生日を幾日か過ぎた頃だった。
園田の家には娘が二人いる。
姉と私だ。
けれど数年前に嫁いだ姉は家を出ており姓も既に園田ではない。必然的に息女は私を指すもので違いなかった。
跡取りを人質に、というのはこの戦の世ではさほど珍しい光景ではない。
そここで領地の移動、併合、切り取り合いがあり無邪気に明日を信じるには難しい世の中だった。
そんな中、併合された側の有力筋にあたる園田の家から人質をと望むのはむしろ自然な流れでしかなく、父も母も、そして私自身も、反発よりもついに来たかという感情の方が強かったことは言うまでもない。
ただ娘を差し出さなければならない父と母の無念さは簡単には言い表せるものではないだろう。
登城の日取りが決まり慌ただしく日々が過ぎる中、可能な限り時間を作って私に接してくれた父と母。
父からは武を、母からは舞踊と作法をというのが大半ではあったけれど、これから先一人で生きていかなければならない私の一助にでもなればという思いが込められていたことが痛いほど分かる。
幼い頃から続けていたそれらも出立までの僅かな期間が今までで最も濃密な時間であった。

 

『……身体に気をつけるのですよ』
『はい……お二人もお元気で。……行ってまいります』

 

端的な別れの言葉。
それでも再会を願っての想いが双方に込められていた。
そして数日をかけてこの城へと辿り着く。
外観からもかなり大きな城だと分かっていたけど中も想像していた以上の大きさで、案内された先は私の予想以上の場所だった。
実質軟禁生活になることは覚悟していたけれど、思っていたよりもずっと快適な状況に幾ばくかほっとしたのは正直なところである。
ここが所謂座敷牢と呼ばれる所であったとしても(この時点で園田の家臣達は怒るかもしれないけれど)十分以上の配慮がされていることは疑いようのないものだった。
これといって見張りは置かれず、何か必要があれば呼び鈴のついた紐引けば人が来てくれて事足りる。
ある意味至れり尽くせりな状況だった。

 

「……まぁ格子の外には行けませんけどね」

 

欠かさずに続けている鍛練や読書の合間にふと視界に映るそれだけはどうにもならない。
触れれば確かな硬さをもって私と外を隔てる木枠。
私のために用意された、というよりはもしかして別の人が入っていたこともあるのかもしれない。
特別真相を知りたいとは思いませんが。

 

「……?」

 

そしてそんなここでの暮らしにも慣れてきたある日、事件が起きた。

 

「……声?」

 

いつものように起きて身繕いをして朝食をとり、昨日途中まで進めていた読みかけの本を開いてすぐ、気がついた。
ここに来てから初めて感じる明確な人の気配と、話し声。
何を言っているのかは聞き取れないけれど、割と近くから聞こえる気がして、きょろきょろと辺りを見回すけれど、当然この部屋に他に人は誰もいない。
ならば廊下かとも思うけどそちらからというわけでもない。
となれば後は……みしっ、と音を立てた天井か。

 

「……で、だから……」
「……ゃん、……けど……」

 

どこかの間者……にしては明らかすぎる気配が頭の上を通過していく。
いやこんなあからさまな間者を許すほどこの城の警備は笊ではないだろう。
随分と大きな鼠である。
一体何処からきて何処へ行くつもりなのか、天井の気配を気にかけていれば、部屋の端あたりに来た気配がぴたりと止まって。

――みしっ、めきめきめきっ!

あっ。

 

「うひゃぁあっ!?」
「きゃあぁっ!?」
「ちょっ、えぇぇぇぇっ!?」

 

ばきぃっ、と天井を踏み抜いたらしい二つの影が、ぼとぼとっと畳んでおいた布団の上に落ちてきた。
もふっと弾んで、畳の上にべちょっと重なる様に着地した茶色っぽい何かと鶯色っぽい何か。
いえ、どう見ても人間、それも私とそれほど歳も違わなそうな女の子達なのですが……突然の出来事に私は開いた口が塞がりませんでした。

 

「いったぁーいっ!!」
「ふぇぇぇ……」
「な、な、な……」

 

折り重なるそれら……いえ、その二人はそれぞれにぶつけたところをさすりながら呻いていて、私には気がついていないようでした。

 

「うぅぅ……」
「ふぇ……ぐす……」
「っ!? だ、大丈夫ですか!?」

 

涙が混じり始めた声にはっとして女の子達の反対側へ回り込む。
早く引き起こして怪我がないかを確認しなければ。
そう思い上に乗っている鶯色の少女の手を握った時、顔を上げた彼女と眼が合った。

 

「あっ……」
「っ……」

 

色素は私のそれととても近い瞳の色。
違うのはその甘やかな空気と柔らかさか。
初めて正面から見た少女の顔は驚きに満ちたものだったけど、その雰囲気や可愛らしさを損なうことは不思議となかった。少しだけ聞こえた高めの声も容姿と同じく甘やかな風合いで、出来ればもっと聞いてみたいとどきどきと騒ぐ胸を押さえて思った。

 

「うぐ……こ、ことりちゃん、重い……」
「ぴぃっ!? ご、ごめんね穂乃果ちゃん!?」

 

その声に私の思考もようやく普通に動き出す。
今どくから、と慌てて立ち上がろうとする彼女の手を引いてその動きを手助けする。
大丈夫ですかと問えば、ありがとうと微笑む姿にまたどうにも狼狽えてしまうのだけど。

 

「いたた……うぅぅ、酷い目にあったよぉ〜……」
「怪我はしていませんか?」
「うん、大丈夫……って、ああぁぁっ!!」
「な、なんですかっ!?」
「あなた、あなただよね! この前このお城に来た子って!」
「……は?」
「やったやった、成功だよことりちゃん!」

 

そしてわーい!と目の前ではしゃぐ茶色の少女は鶯色の少女に抱きついてぐるぐる回る。
つられてぐるぐる回ってしまう鶯色の少女と固まる私。
……なんとまぁ、騒がしい。
実家の道場では修練のために幼い子達も通っていましたが……なんというか、茶色の少女はその子達数人分に匹敵しそうです。愛くるしく明るい容貌通りの性格といえるのかもしれません。

 

「どこにいるか分からなかったから、ずっとことりちゃんと探してたの!」
「他の階にはいなかったから、この階かなって……」
「はぁ、そうですか……」

 

聞けば探検がてら私を探していて、座敷牢であることだけは知っていたらしく、格子が開けられないなら上から入ればいいよね、と天井裏からの侵入を試みたとのことだった。
無茶です、無謀です。
私はにっこりと二人に笑って、びしびしっ、と二人の頭に遠慮なく手刀を入れました。

 

「ぴぃっ!?」
「いったー!? 何するの!?」
「何するの、じゃありません!」

 

たまたま、本当にたまたま私が布団を畳んでいた場所に落ちたから良かったものの、緩衝材になる物が無ければ一体どうなっていたことか……怪我では済まなかった可能性すらあるのですから。
訥々とお説教をすれば見るからにしゅんとなってしまった二人に若干の罪悪感がありますが、こればかりは譲れません。
……せっかく私を訪ねてきてくれたというのに、怪我をしてしまっては元も子もないですから。

 

「うん……ごめんなさい。ことりちゃんもごめんね、穂乃果が引っ張って来ちゃったから」
「ううん、ことりこそごめんなさい。ちゃんと考えないで来ちゃったから……」

 

まぁ、大事がなくて何よりだったというところでしょうか。
幸いどこか痛めた様子もなく、自分達がしたことの危険性を認識してくれたのなら問題はないでしょう。

 

「……気をつけてくださいね。私に会いにきてくれたのは嬉しいですが、それで二人が危ない目にあうのは悲しいですから」

 

そうしてほっとしたのも束の間、今度は格子を挟んだ向こう側、廊下の方が何やら騒がしくなってきたことに気がつきました。
ばたばたと誰かが駆けてくる音がして……ばんっ!と襖が開かれる。
そして視界に映る、金と水色。

 

「ちょっと! 凄い音したけど一体何事っ……って、えっ……?」
「あ、絵里ちゃん!」
「ほんとだ! おーい、絵里ちゃ〜ん」

 

飛び込んできたその女性、絵里というのでしょうか、明らかに異国の血が混じっていることが窺える眩い金糸の髪に空色の瞳が印象的な美しい人は、ぽかんとした様子で無邪気に手を振る二人を見つめ……どういうこと?と言わんばかりに私へと視線を向けました。
どう、と私に問われても……

 

「……」
「……」

 

なんとも言えない無言のやり取り。
それでも私が茶色と鶯色の少女達……察するに穂乃果とことりというのでしょうか?が踏み抜いた天井に目をやれば、同じように絵里と呼ばれた少女もその場所へと視線を移し……あぁもうほんとに、と呆れた様子で天を仰いだので状況は分かっていただけたようでした。
なんでしょう、この方とはとても波長が合いそうな気がします。

 

「……ごめんなさい、迷惑をかけたわね」
「いえ……こちらこそ騒がしくして申し訳ありません」
「でも絵里ちゃん、来るの遅かったね?」
「どこにいたの?」
「……真下の部屋よ。階段までぐるっと回らないといけないから時間かかっただけで」

 

突然ばきばきとかどすんどすん聞こえるんだもん、何事かと思ったわ……と苦笑する彼女に私も似たような表情になる。
ええ本当に、びっくりですよ、天井から女の子が降ってくるなんて。

 

「……たしか、園田の方、よね?」
「ええ……園田海未と申します」
「……海未、ちゃん?」
「はい」
「そっか、海未ちゃん、海未ちゃんかぁ……」
「えへへ……穂乃果は穂乃果だよ! 高坂穂乃果!」
「私は絵里、絢瀬絵里よ」

 

確かめる様に私の名前を繰り返す鶯色の少女と名乗りを上げる穂乃果と絵里。
ここにきてまだそれほど日が経ってはいませんが、こうしてまともに会話をしたのは随分と久しぶりな気がします。

 

「よろしくお願いします、穂乃果、絵里」
「うん! ほら、ことりちゃんも」
「う、うん……」

 

ずいっと穂乃果によって私の前に押し出されることりという少女。
私の名前を呟いてどうにも私をむずむずさせていたその表情はとても嬉しそうだったのに一転して曇ってしまった。
横目で窺えば絵里もなんだか少し心配そうな目を向けている。何か、事情があるのでしょうか?

 

「あの、ね……その……」
「はい」
「えっと……」

 

言葉を紡げずぎゅっと着物を握って俯く姿は、見ていてこちらも苦しくなる程痛々しい。
なにがそうまで彼女に自分の名を告げる事を重くしているのだろうか。
聞きたい。
ちゃんと彼女の口から。
きっとそれがどんなものであったとしても互いに受け止めなければならないのだと、何かに突き動かされる様に私はことりと呼ばれた少女の手を取った。

 

「海未ちゃん……」
「……聞きたいです」
「えっ?」
「教えて頂けませんか、貴女の名前を」
「っ……」

 

そして呼びたいんです、貴女が私を呼んでくれる様に、私も貴女を。

 

「わ、私……」
「はい……」
「私、は……」

 

ぎゅっと、繋いだ両手に力が込められて。
幾度となく揺れる瞳が、それでも真っ直ぐに私を見た。

 

「ことり……南ことり、です……!」
「南、ことり……」

 

それは、つまり――

「この城の主、の……?」
「っ……うん……」

 

こくり、と頷いた鶯色の少女――ことりは、またきゅっと唇を引き結んで俯いてしまった。
私はと言えば……多少の驚きと、それから……やはりそうか、という二つのもので。
彼女が名を告げる事を躊躇った理由。
自ずと理由は限定されることから予想はできた。
この城を、そしてこの地を治める南家。
ことりはその娘、ないしは血縁者ということなのだろう。
私をここへ繋いだ、一族の娘。
……だけど、それがどうしたと言うのだろうか。

 

「……ことり。ことりは私とこうしているのは嫌ですか?」
「っ!? そんなことない! ことり、嬉しかったの、海未ちゃんが怒ってくれたのも心配してくれたのも……ちゃんと聞いてくれたのも。もっともっとお話したいって思ったの……」
「……なら、それで十分ではありませんか」
「海未ちゃん?」
「確かに、私は南家の命でここへ来ました。けれど必要な配慮はして頂いていますし、現状にさしたる不満はありません。なにより……私も貴女と、ことりともっと話したいと思っていますから」
「海未ちゃん……」
「え、あ、わっ……な、泣かないでください、ことり」

 

ぽろぽろと泣き出してしまったことりに私はどうしたものかと手を上げ下げして慌てるばかりで、それがまたなんとも情けない。
ぽすりとことりのおでこが私の肩に預けられて、おずおずと手を回して背中をさすれば、ことりの手が私の着物をぎゅっと掴んだ。

 

「ええっとぉ……よかったねことりちゃん!」

 

その言葉にはっと顔を上げればにこにこと明るい笑顔の穂乃果とどこか苦笑気味に笑っている絵里がいることに気がついた。
わ、私は、人前で何かとても恥ずかしいことをしてしまったような……
いえ、でも、間違ってはいない、と思うのですが……

 

「……ぷっ、ふふ……海未ってほんと、天然なのね?」
「はっ!? な、なんですかそれは!?」
「うふふ、さぁ、どういう意味かしらね? ……さて、それじゃあ一件落着と言う事で――まずはその天井の修理をしないとね……」

 

それから入室の許可とお叱りも、と肩をすくめた絵里にそうだったぁ〜とがっくりと穂乃果が膝をつく。
修理とお叱りはともかく入室の許可が下りないことには格子越しの面会しか出来ませんからね、なんとかしてほしいものですが……

 

「……海未ちゃん」
「ことり?」
「待っててね海未ちゃん、絶対ことり、また来るから……」

 

さっきまでとは違う、確かな声。
ぱちりと一つ瞬きをして、くすりと笑ってことりの目尻の雫を拭った。

 

「ええ……お待ちしていますよ、ことり」

 

それが私達の出会いの話。
この城で初めて、私に友と呼べる人達が出来た瞬間だった。



























あとがき(言い訳)

抹茶さん主催のことうみ合同誌(http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=51658145)へ寄稿したお話よりサンプル抜粋(一章のみ)です。
全文は四章立てで2万字少々…初ことうみ主題だし頑張るぞ!と気合が入りすぎました(苦笑)
末席のキッドの分はどうぞ生暖かい目でご覧になって頂ければと思いますwよろしくどうぞ〜♪

夏コミ三日目 東地区"ル"ブロック44a「ことりのおやつ」にて頒布されるとのことです☆
企画HP『http://kotorinooyatu.hiyoko.biz/
虎の穴通販『http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/32/74/040030327490.html


2015/7/31著



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