BloomWind(海未)





それは確か暑い夏の終わり頃のことだったと記憶している。

 


『ドレス、ですか……?』
『うん、皆の色を使ったらどうかなぁって』

 


そう言ってにこにこと手元のスケッチブックに描き進める親友に私の頬も思わず緩む。
昔からことりは可愛い服が大好きで、いつの間にか服飾そのものにもかなり深い造詣を得るまでになっていた。
そんな彼女がμ’sにおいて衣装を担当するのはむしろ当たり前のことで、にこと意見を突き合わせては新しい衣装を作り上げていく様はまさに圧巻の一言だった。

 


『次の衣装はドレスなのですか?』
『あ、ううん、これは趣味っていうか……えへへ』

 


聞けば息抜きがてら描き始めたらしいのだけど、気がつけば全員分の下書きが出来上がるほど熱中していた、とのことだった。
ことりらしいと言えばことりらしい。
普段は一歩引いたところから穏やかに微笑んでいる印象が強いのだけど、服のこととなれば一切の妥協を許さない。
むしろ学校の部活動という限られた予算の中でよく毎度あれだけのものを作ってくれるものだと思う。
素直に頭が下がる思いだ。

 


『ふふ、でもいつか皆のドレスも作れたらいいなって思うんだ〜』

 


こういうの、と見せられたそれは大半の女の子が一度は憧れるであろう純白のウェディングドレス。
パーティードレスも可愛らしいと思ったけれど、やはりウェディングドレスは輝きが違って見える。
ことりがこのドレスを着たならばきっととても可愛らしい花嫁になるのでしょうね。

 


『もぉー、海未ちゃん他人事』
『えぇっと、その……すみません……』

 


ぷぅ、と頬を膨らませてしまった親友に慌てて取り成そうとするけれど、ぷいっとそっぽを向かれてしまうとどうにもならない。
だって、他人事に決まってるじゃないですか。
……なんて、口に出来るはずもない。

 


『海未ちゃんは着たくないの、ウェディングドレス?』
『そういうわけではないのですけれど……』

 


憧れならば、きっと、私にだってある。
白無垢という可能性もあるけれど、それを着るということは、伴侶となる人と出会えたということに他ならない。
それはきっととてもとても幸せで……想像もつかない場所にあるものなのだろうとしか今の私には思えないのだ。

 


『そうかなぁ……最近は女の子同士だって』
『ことり……』

 


その先は言わないでください、と眉を下げればことりもごめんねと呟いてスケッチブックに戻っていく。
結婚は男女のそれですら人生の一大事。
それなのに同性の、しかも想い合っているわけでもない人の隣でそれを着る自分の姿なんて考えていいはずがない。

 

『……綺麗でしょうね、きっと』

 


むしろ、いつか見ることになるのだろう、素敵な男性の隣で笑うあの人のそんな姿を。
つきりと痛む心は胸の奥に閉じ込めてしまって、出てこないようにしなければと思うのに。
スタートラインにすら立てないもどかしさはいつまでたっても消えてはくれない。
彼女が卒業したら、大人になったら、そうしたらこの想いもきっと色褪せて思い出になってくれるはず。
自分自身そんな信じてもいないその日をただじっと待っている。
だから、この想いが消えない限り、私がウェディングドレスを着る日はきっとこない。
白無垢を着る日だってこない。
跡継ぎとして誰かの隣で着る事になるそれなんて、きっと憧れとは程遠いところにある別の何かだから。

 


『……でもね、海未ちゃん。ことりは海未ちゃんのウェディングドレスをいつか作ってあげたいなぁって思うんだ』
『……ご期待には沿えそうにありません』
『うーん、そんなことないと思うよ?』
『ことり……』
『だから約束。その時はことりが海未ちゃんのウェディングドレスを作ってあげるからね?』

 


何を根拠にそんなことを言うんですかと問い詰めても幼馴染の微笑みは崩れない。
代わりにスケッチブックの上を滑る鉛筆が描くのはありもしない私の未来。
青い薔薇をあしらったそれにほらやっぱり叶わないと苦笑した。

 


叶わない、本当にそう思っていた。
逃げて逃げて、逃げ続けていたはずなのに、否応なく引きずり出されて貴女に捕まえられる日がくるまでは。

 


『勝手に私の気持ちを決めないで』

 


好きでいてもいいのだと、捨てなくてもいいのだと、貴女が私に教えてくれた。
……随分と強引な方法だったように思うのですが。

 


『だって海未逃げるじゃない』
『そういう問題ではありません』

 


初めて絵里に好きだと言われた時、もらったのはなぜか合鍵で。
一緒に暮らすのを承諾するまで帰さないからと押し倒されたのも今となってはいい思い出……になるわけがないのだけれど、それだけ絵里が本気なのだと教えてくれた。

 


『ねぇ海未、貴女が好きよ。信じられないのなら何度だって伝えるわ』

 


嘘でもなければからかっているわけでもない。
真っ直ぐな視線に気がつけば涙が溢れて。
ずっとずっと言いたかった想いをやっと私からも言葉に出来た。
好きです。絵里が大好きです。
忘れなければ、消さなければ、そう考えれば考えるほどに膨らんでいった私の想いは全部絵里が受け取ってくれた。

 


『私は多分かなり扱いづらいと思うのですが』
『心配しないで、私もだから』

 


そんな言葉を皮切りに私が大学へ進学すると同時に始まった二人での生活は、楽しさ半分、呆れ半分な毎日で。

 


『あぁもうちゃんと分別してくださいと言ったではないですか!』
『だ、だって一緒でもいいかなって思ったのよ』
『あ、しかもまたチョコレート増えましたね!』
『新商品なんだから買うに決まってるじゃない!』

 


何でも出来る美しく完璧な人。
そんな第一印象はμ’sとして一緒に活動するうちにとても可愛らしい人でもある、という認識も増えていたのだけれど、同居を始めてからは思ったより、その……ずぼらといいますか、いい加減といいますか、とかく適当なところのある人でもある、という認識へと変わっていった。
だけど、不思議とそれを嫌だとは思わなくて、むしろ気を許してくれているから出る部分だと思えばそれすらも愛しく思えるのだから、恋とはやはり病なのだと実感した。

 


『病気なの?』
『中毒という方が近いでしょうか』
『離れられないわね』
『そうですね』

 


私も絵里も頑固なところのある人間だから、ちょっとしたことでの喧嘩も割と多かったりするのだけれど、その度に仲直りを繰り返しては結局のところこの人でなければダメなのだと知るばかり。

 


『うちは駆け込み寺ちゃうでー』
『学習って言葉知ってるあんた達?』

 


お陰ですっかり希とにこには二人して頭が上がらなくなってしまった。
いつもいつも申し訳ない。
そんな二人での生活は気がつけば絵里と私が大学を卒業してからも続いていて、家に戻ったらどうかという私の両親も、絵里と二人で何度も通って頭を下げてようやく一緒にいることを許してもらった。

 


『心臓止まるかと思ったわ……』
『私もです……』

 


部屋に戻ると同時に切れた緊張の糸に、へなへなと二人で座り込んでは笑い合った。
無理だ無理だと思っていたことが一つずつ形になって、共に歩くことも許されて。
だからだろうか、絵里が買ってきた雑誌の特集にあの頃の会話を思い出してしまったのは。



























あとがき(言い訳)

明日の僕ラブ9では夏コミで出したコピー本に新規の書き下ろしを8頁加えてオフ本にした「BloomWind」を頒布します。
A5サイズ、24p、200円です。
ということで新規書き下ろし分より冒頭部分の抜粋サンプルです〜。
前回は時間とコピー本の仕様上海未ちゃん視点を入れられなかったので(絵里ちゃんの話の頭数行だけあれは海未ちゃんの心情だったのだけど)、
表題作の海未ちゃん側のお話、とちびっとだけ後日談も含めた形で書きました☆
今回が初めての方ももちろん、夏に絵里ちゃんの表題を読まれた方はその裏で展開されていたあれそれとかをお楽しみ頂ければと思います〜♪


2015/9/26著



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