Sister(上)サンプル





海未ちゃんはカッコいい。
どこが、って言われたら全部って答えるくらい。
それくらい海未ちゃんが射場に立つと周りの空気が一変した。魅入る、っていうのはきっとこういうことを言うんだと思う。
タン、タン、と規則的に音が聞こえて、気がつくと一本も外すことなく海未ちゃんの番は終わっていて、ぶわっと身体中に熱が広がった。
見た? 今の見た? 海未ちゃん凄いよね、カッコいいよね!
そう自慢して回りたいくらいに興奮していた。

 


「うぅぅ〜〜〜〜っ、海未ちゃん海未ちゃん海未ちゃぁ〜んっ!」
「ちょ、凛あぶな……うぐっ」

 


競技が終わって海未ちゃんが戻ってきて。
その姿を見た瞬間、凛はにゃー! と叫びながらロケットの様に飛び出して行って、迷うことなく海未ちゃんに抱きついた。
そのままスリスリと頬ずりすればくすぐったいです、とちょっとだけ笑った海未ちゃんが凛の髪を優しく撫でた。

 


「退屈ではありませんでしたか?」
「全然! 海未ちゃんカッコよかったにゃー!」

 


そうですか、と微笑む海未ちゃんと座れるところに移動してお昼ご飯の準備をする。
もうこれ海未ちゃんが一番でいいよね、って凛は思うけど、まだ午後がありますよと海未ちゃんに笑われちゃった。

 


「それにこれで終わりだとお弁当が食べられませんよ?」
「それはダメにゃ!」

 


一大事だにゃ! って凛が言うと海未ちゃんはまたくすっと笑った。
だって今日のお弁当はかよちんとことりちゃん、それからにこちゃん特製のお弁当。
絶対美味しい間違いなしなのに、食べないなんて出来ないにゃ。

 


「でも皆これないとか残念だにゃ……」
「今日は用事がそれぞれありますからね……」

 


むしろそれなのにお弁当まで用意していただいて申し訳ないくらいです、って海未ちゃんは言うけど、来れない分何かしたかったんだと凛は思う。
お弁当作りには参加出来なかった絵里ちゃんや真姫ちゃん、穂乃果ちゃんだってそれぞれお守りや手拭いやお饅頭を海未ちゃんにあげてたの知ってるよ。

 


「もったいないくらい、ありがたいですね……」

 


そう言って、でも嬉しそうに笑う海未ちゃんと二人で皆のお弁当をぱくぱく食べる。
凛はラーメンが好きだけど、ことりちゃんとにこちゃんのおかずも、かよちんのおにぎりも頬っぺた落ちちゃうんじゃないかなってくらい美味しかった。

 


「隠し味がきいてるにゃ!」
「そうですね……隠し味?」

 


愛情って言ってたよ! そう伝えれば海未ちゃんの頬っぺたが赤くなる。
きょろきょろと落ち着きなくお目々が動いて結局手元のお茶をずずって飲んだ。
海未ちゃんが音立てちゃうくらい動揺するとか、可愛いにゃ〜♪

 


「……と、飲み物が切れましたね」
「あ、じゃあ凛が買ってくる!」
「いえ、私が……」
「平気! 海未ちゃんは休んでて!」

 


それで午後も勝って優勝するの! そう言えば海未ちゃんは頑張りますって笑ってくれた。
午後の競技まではあんまり時間もないし待たせちゃダメだよね、って走って行って、廊下の自販機で二人分のお茶を買って戻ろうとしたところで、聞こえてしまった。
『……音ノ木の園田さんって、やっぱり手強いね』って。
海未ちゃんのことだ、ってすぐに分かって、駆け出そうとした足がぴたっと止まった。
やっぱり海未ちゃんは凄いから有名なんだなーって誇らしくてにやっとしちゃいそうになって……次の言葉で固まった。

 


『でもさー、スクールアイドルだとかもやってるんでしょあの人。そんなので両立なんて出来るのかな?』
『そうだよ、午後になったらきっとボロが出るって』

 


馬鹿にしたような口調にカッと頭が熱くなる。
対戦相手の強さに虚勢をはって自分達を落ち着かせようとしているだけ。
そんなことは分かってたけど気がついたら凛は叫んでた。

 


「海未ちゃんは全部頑張ってるもん!」
『!?』

 


周りの人達が一斉に振り返る。
突然のことにその人達以外のたくさんの視線も感じたけど、頭に血が上ってる凛は一人でも全然怖いと思わなかった。
それよりも海未ちゃんのこと何にも知らないくせに、ってそれだけが悔しくて。

 


「海未ちゃんは凄いんだもん。毎日毎日μ’sの練習に出て作詞もして、お家に帰ったらお稽古もして、生徒会の仕事もして……毎日たくさん頑張ってるの凛知ってるもん!」

 


海未ちゃんは凄い。頑張ってるから。
器用なタイプではありませんから、ってそう言って、人より何倍も頑張ってるから凄いんだ。
キーンと耳鳴りがする。
吐き出すように叫んで揺れる視界の中、ぎゅっと歯を食いしばった。

 


「……そやね、海未ちゃんは頑張っとるもんね」
「希、ちゃん……」

 


息をするのも上手くいかなくて、泣き出しそうになっちゃってた凛を、ぎゅっと抱きしめてくれたのは希ちゃんだった。
遅くなってごめんな? って言って頬を合わせてよしよしって頭を撫でてくれる。
それともう一つ。
反対側から伸ばされる凛よりも大きな手。

 


「凛……」
「っ……海未ちゃ〜ん……」

 


ふえぇーん……って決壊した凛を海未ちゃんの方がよっぽど辛そうな顔で頭を撫でて、抱き寄せてぎゅってしてくれる。
海未ちゃんの所々傷がある大きな手も、力持ちな腕も、すべすべなお腹も、全部海未ちゃんだから、全部好き。
そうひとしきり泣いて、それでもまだ涙が引っ込み切らない凛の頭を撫でながら海未ちゃんが言った。

 


「……大丈夫ですよ、凛」

 


お姉ちゃんのカッコいいところを見せてあげますから、って。
それから午後の試合が始まって……海未ちゃんの番になると会場の空気が張り詰めた。
午前中とは比べ物にならない、それ。

 


「うーん、海未ちゃん激おこうみみ丸やな」
「激おこ……?」
「んー? ふふ、凛ちゃんが可愛えって話」
「にゃ?」

 


無言の気合って言うのかな。
音はない。でも確かにびりっと空気を震わせて伝わった海未ちゃんの気迫が会場全部を塗り替えていく。

 


「凛ちゃん」
「?」
「海未ちゃん、カッコええな?」
「……うん!」

 


それから試合が終わるまで海未ちゃんの矢が外れることは一度も無かった。

 

 


「……ちゃんと歩かないと転びますよ、凛」
「えへへー」
「ごきげんやなぁ凛ちゃん」

 


お日様がオレンジになった帰り道。
凛も海未ちゃんも希ちゃんも、にこにこしながら歩いていた。
くるくる回ったりくっついたり離れたり、急に走り出したりする凛を見かねて海未ちゃんが右手を握って、希ちゃんが左手を握っててくれるから凛の両手はぽかぽかしてた。
ぶんぶんと両手を振り回せば一緒に二人の手も揺れる。

 


「まったく……ふざけてると危ないですよ」
「海未ちゃんと希ちゃんが繋いでてくれるから平気だもん」
「そやなー、転ぶ時は三人で一緒やな」
「いえ、転ばない様にしませんか……」

 


そんな三人での楽しい帰り道も別れ道についちゃったらもうお終い。
もっと一緒にいたかったなって思うけど、明日になったらまた会えるから。

 


「一人で帰れますか、凛?」
「ぶー、海未ちゃん心配性ー」
「誰のせいですか、誰の」
「そやけどはしゃいで転んだりしたらあかんよ凛ちゃん。うちも海未ちゃんも凛ちゃんが怪我したら悲しいもん」
「はーい」
「返事だけはよいのですけどね……」

 


返事だけじゃないよーと、そう言って苦笑する二人の手を離してくるっと振り向く。
夕日に照らされた凛と海未ちゃんと希ちゃん。
海未ちゃんはカッコよくて真面目さんで、希ちゃんは優しくてお茶目さん。
全然似てないし学校の先輩でしかない、はずなんだけど、それでもやっぱり二人とも凛の大好きなお姉ちゃん達で。

 


「うー……」
「凛」
「ふふ、そんな顔せんでも明日があるやん」
「分かってるにゃー」

 


それでももうちょっとあとちょっとって思っちゃうのは絶対仕方ないことなんだもん。
あーあ、一緒のお家だったらいいのになー。

 


「それは……色々と大変そうですね……」
「朝のお稽古せんとな凛ちゃん」
「絶対無理にゃ」

 


海未ちゃんの朝は早すぎにゃ。

 


「まぁ……いずれ泊まりにくるぶんにはいいのではないかと」
「にゃ?」
「そやねぇ、海未ちゃんと凛ちゃんならうちも歓迎するわ」
「……うん、行く! 海未ちゃんちと希ちゃんちにお泊まりしたい!」

 


そう言ってにこにこしている希ちゃんと海未ちゃんにぎゅーっと抱きついた。
一緒のお家じゃなくても一緒にいることは出来るから。
今日は大人しく帰ってあげるにゃ!

 


「明日も朝練がありますからね」
「寝坊したらあかんよー?」
「大丈夫ー!」

 


じゃあまた明日、ってぱっと離れて駆け出して、途中で一回振り返って凛を見てる二人に大きく手を振った。
二人は凛の自慢のお姉ちゃん。
弓を射る海未ちゃんも駆けつけてくれた希ちゃんもとってもカッコよかったんだよって、明日いっぱい皆に自慢しちゃうんだ。

 

  ◇

 

ぱたぱたと駆けていく凛の小さな背中。
その小さな背中が実はとても大きいのだとあの子は気がついているのでしょうか?
途中で振り返ってはぶんぶんと手を振るその背中が曲がり角に消えるまで、私も希もただじっと見つめていた。

 


「天使やな」
「天使ですね」

 


反射のように即答した私に隣の希がぷーっと吹きだす。
話をふったのは貴女でしょうに。
うち知らんもんという顔で爆笑するとか酷い人です。

 


「ふふ、ごめんて、海未ちゃん可愛いんやもん」
「またそうやって……」

 


怒らんでー? と笑って私の頭を撫でる希にやれやれと首を振る。
どうにも希にはこうして人をからかって遊ぶ癖があるようなので困ったものです。

 


「それはほら、しゃーないやん?」
「どの辺りが仕方ないのか分かりません」
「可愛えから?」
「そう言いながら脇に手をもってくるのをやめてください」

 


すすすと下がってきていた希の手をぺちんと叩いて払い落とす。
油断も隙もあったものではない。
あの手この手で触れたがるこの情熱は一体どこからくるのでしょうか。
脳裏をよぎる金色の先輩とはまた違った意味で実はスキンシップが好きなのだと私も凛も知っているから。
……素直じゃないですね、まったく。
ひらひらと逃げるその手を取って緩く握った。
ぱちくりと少し驚いた後すぐに握り返されたそれにふっと笑みの残滓が漏れる。
もうちょっと、あとちょっと、と末っ子のように素直に表せないのは私も彼女と同じなのかもしれません。

 


「……さて、それでは行きましょうか」
「……へ?」
「神社の仕事、残っているのではありませんか?」
「あー……敵わへんなぁ、もう……」

 


妹のピンチには颯爽と駆けつける、彼女お得意のスピリチュアルとも言えるのかもしれないけれど、仕事を中抜けさせてもらってきたなんておくびにも出さないのだから。

 


「手伝います」
「……ふふ、ほな一緒にいこか?」
「はい」

 


結局のところ、私がもう少し甘えていたかっただけなのかもしれないけれど、目を離すとふらりとどこかへ行ってしまいそうなのはこの人もそうだから。
ならお互いに離さなければいいんですと引き寄せて。

 


「大吉ですか?」
「毎日な」

 


ゆらゆらと二人分の影が揺れている。
少し強めに握り返された手を繋いだままで。

 


「……あぁぁぁーーっ!!」
「えっ」
「ん?」

 


そうして歩き出したその影に、やっぱりご飯一緒に食べようよ! と戻ってきた小さな影がもう一つ加わることになるのは言うまでもないことだった。

 


 


あとがき(言い訳)

ずっと言ってたリリホワ書きたーい!が漸く形になった気がします(笑)
新刊はこの抜粋分を上、更に新刊に下、とおまけを収録した構成ですが、
それぞれ単体でも読めるような感じで書きました♪
元々この抜粋分は途中まで書いて止まってたやつで、
あかんこのままやとお蔵入りになってまう!
的なお告げが聞こえまして(ぇ)
リリマジSP後に七色さんとお互いにあなラブでなんか出そうと首を絞めあったのをいいことに書き上げました(笑)
イベント後のテンションて怖いよね!w
……とにかくリリホワが仲良しでえりうみちゃんな本が作りたかったのよ!w
表紙と挿絵2枚はあめいろの七色さんが描いてくれました!
イメージそのままの絵で私の心臓を止めにきましたよあの子w
マジありがとう!w

通販も予約開始してますー。
当サークル虎の穴通販ページ→http://urx.nu/aNkp
当日はこの話を含む新刊と七色さんのコピー本、他既刊各種持ち込みます〜。
あなラブ5「そ19」です!

2015/6/19著


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