兎は貴女でしょう?






 
 
 
 
『兎は私より貴女の方でしょう、希?』
 
 
 
 
至極真面目な顔でそんなことを言うものだから、驚いた。
確か珍しく部室に二人だけで、衣装の話をしていた時だったと思う。
これからのSomedayの時の海未ちゃんの衣装が可愛くて、『海未ちゃんは兎さんやな〜』なんて、
いつもみたいに軽い調子で言ったうちに海未ちゃんは言ったのだ。
兎は自分じゃない、うちの方や、って。
 
 
 
 
『違いましたか?』
『……なんでそう思うん?』
 
 
 
 
深く考えて言ったわけではないのだろう。
海未ちゃんにはそういうところがある。
鈍感だと言われる所以。
でも違う、多分逆なんや。
感受性が強くて本質を見てしまう。
普通の人なら見栄えとか打算とかオブラートに包んで意味を変えてしまうのに、
海未ちゃんはそのまま聞いてそのまま見て、そのままそれを返すから。
一見すると、そしてある意味では確かに鈍感なのだけど。
時たまこうして、普通の人は気付かない、気付いても言えない一撃を放ってしまうのだ。
 
 
 
 
『だって、兎は寂しいと死んでしまうと言うじゃないですか。お嫌いでしょう、一人が』
 
 
 
 
射抜かれた相手がどうなるかを考えもせずに。
海未ちゃんは優しくて真面目で真っすぐで、そしてとても残酷な人だ。
確かにその言葉は何重にも覆ったうちの……私の心に届いてしまったのだから。
 
 
 

 
 
 
「……み、……ぞみ、……希っ!!」
「んぁ……?」
 
 
 
 
揺すられ呼ばれて目が覚めた。
懐かしい、と言っても少し前のことでしかないが夢を見ていたらしい。
ぼんやりと目を開くと呆れと苦笑を乗せた空色が出迎えた。
 
 
 
 
「……おはよう希、もうすぐ下校時刻よ」
「え、ほんまに?うちそんな寝てた?」
「ええ、それはもう気持ちよさそうに」
「あー……ごめんえりち、仕事進んでないやろ」
「そうね……まぁ、たまにはいいわよ」
 
 
 
 
あちゃーとらしくない失態に仰向けばくすくすと楽しそうにえりちは笑った。
なんやいつもと逆やなー。
いつもならえりちがへましてうちがからかって……そんな流れやと思うんやけど。
 
 
 
 
「……どうしたの希?」
「ん、何が?」
「いえ……調子が悪いのかと思って」
「んー……」
 
 
 
 
どうやろか、と首をかしげる。
生徒会の仕事中に居眠りしてたことからして確かにいつも通りとは言い難い。
加えて夢見が良かったけど悪かった。
良いけど悪いてなんなんもぉー、と思うけど、その通りなのだから仕方がない。
警鐘を鳴らす間もありゃしない。
 
 
 
 
「希?本当にどこか……」
 
 
 
 
――コンコン
 
 
 
 
「えりち、お客さん」
「お店じゃないんだから……」
 
 
 
 
私の言葉にまったく、と苦笑してえりちが立ち上がる。
ガチャリと開かれた生徒会の扉を開けて入ってきたのは白い道着に紺の袴姿の女の子。
ついさっきまでうちの夢の中の住人だったその人で、書類を持つ手に僅かばかり力が入った。
……どうも少し、夢のせいでナーバスになっているらしい。
 
 
 
 
「あら、海未じゃない、お疲れ様」
「お疲れ様です絵里、希」
「弓道部?」
「はい、部の申請書類をお持ちしました」
「なぁーんだ、私に会いにきてくれたわけじゃないのね」
「な、なぜそうなるんですか絵里!?」
「だってそこはほらお約束?」
「何のですか!?」
 
 
 
 
うろたえる海未ちゃんの頭をいいこいいことえりちが撫でる。
あーえりち楽しそうやなぁとか、海未ちゃん可愛えなぁーとか、その光景をぼんやり眺める。
えりちは変わったと思う。
本来の姿に戻った、という方が近いかもしれないけれど。
がんじがらめで自分から水底に沈んでいこうとしていた姿はもう見えない。
同じμ'sという矢に射抜かれたはずなのに、きっと変われたえりちはこの風を感じていない。
 
 
 
 
「だ、だいたい、絵里はすぐそうやって私を……希?」
「ん?」
「……どうか、しましたか?」
「……あぁ、ごめんなぁ、寝起きやったからぼーっとしてたわ」
 
 
 
 
戯れる濃紺と金色をどんな顔で見ていたのか、あまり真面目に考えたくない。
目を逸らすのはお手の物。
隠して化かすのはもっと得意。
ほらな海未ちゃん、うちやっぱり狸の方が似合うとるやろ?
 
 
 
 
「……失礼します」
「……へ?」
 
 
 
 
そやのに海未ちゃんはほんとにお構いなしで。
傍まで来ると右手を伸ばしてその手がうちのおでこにぴたっと当てられた。
 
 
 
 
「ちょ、海未ちゃん、近いて……」
「……少し、熱っぽいですか?」
「……そうやろか」
 
 
 
 
熱なら、ある。
主にこの距離と手のせいで。
 
 
 
 
「希……あまり、無理はしないでくださいね」
「……うちは平気や。無理しいなんは海未ちゃんとえりちの方やしな〜?」
「わ、私はコントロールしてるわよ!」
「私も特段無理をしているつもりはありませんが……」
 
 
 
 
くわっとなるえりちと苦笑する海未ちゃん。
二人は似ているのにどこか対照的だ。
海未ちゃんの手が離れる。
安堵と空虚。
離れたことに安心するのに熱が離れた場所に冷気を感じて僅かに身じろぐ。
 
 
 
 
「……今日は送っていきます」
「……は?」
 
 
 
 
心配なので、と途中まで離れた熱が引き戻されるように今度はうちの頬へと戻ってきた。
ゆるゆると労わるようにその手がうちの頬を撫でる。
じわっ、と視界が滲んだ。
あぁ、あかん、なんや泣きそう……
 
 
 
 
「……希?」
「……海未ちゃん、もうちょっとだけこうしててもええ?」
「え、はい……構いませんが……?」
 
 
 
 
海未ちゃんの右手に自分の手を添えて目を閉じる。
その手に鼻先を寄せる様に頬擦りするとくすぐったそうに海未ちゃんの身体が揺れた。
人の温もりは暖かくて、寒い。
諦めてぬるま湯でぽかぽかしたいのに、否応なしに引きずり出される。
 
 
 
 
「……敵わんなぁ……」
「何がですか?」
「海未ちゃんが可愛えって話」
「なっ」
 
 
 
 
か、可愛くなんてないですよ……と視線を外す海未ちゃんをそこが可愛えとまた薄く笑う。
少しだけ開けた視線の先で見える温度の上がった海未ちゃんの頬。
うちの熱が少しくらい伝播してくれてもいいと思うからしてやったり。
もう一人、少し離れたところで複雑な顔をしているえりちもとても分かりやすいけど。
本来のえりちはとても欲張りだ。
可愛くて気になる後輩と大事な親友。
そのどちらも手放す気はないのだと見てれば分かる。
蚊帳の外は何よりも不本意に違いない。

欲張り狐と嘘つき狸と真っ白兎の行きつく先はどこやろか?
 
 
 
 
「もうえりちも海未ちゃんも泊まっていかへん?」
「えっ」
「あらいいわね、ちょうど明日は休みだし」
「海未ちゃんが可愛がってくれるらしいで」
「ハラショー、それは素敵ね」
「ええっ!?」
 
 
 
 
送るだけがなぜそんな話に!?
と、慌てる海未ちゃんに海未ちゃんが兎さんやからと言えば目元まで真っ赤になった。
 
 
 
 
「っ……そうですね、茶色の兎は逃げ足が速いので強引な方が良いのかもしれませんね」
 
 
 
 
兎になれない狸は逃げるどこまでも。
無邪気な白兎は金狐を連れてついてくる。
寂しいなら寂しくないようにすればいいんですと微笑んで。
狸が兎になるのが先か。
それとも狸のまま卒業を迎えるのが先か。
神のみぞ知る、というには矮小すぎる話やと苦笑する。
 
 
 
 
「難儀やなぁ……」
 
 
 
 
呟いて、胸の中心をそっと撫でる。
射抜かれて開けられた風穴は、まだ、埋まらない。


...Fin


あとがき(言い訳)

ある意味μ'sで一番面倒な希さんは実は凄く可愛いと思うというそんなお話。
だって表面狸な人って中身は兎さんでしょう?(ぇw)
単純なのぞうみ予定だったはずなのに構想がこじれてのぞうみえりになった気がする。
ラブアロー兎と臆病のんたぬと欲張りーチカ。
終着点は私も知らないwww
ブームに乗ってケモライブでも書くべきか、それ以前に今夜の第二期が楽し怖しw
CP雑食な身としてはCP要素そこそこで妄想の余地を残してくれると嬉しいなぁーと思ったり。
放送してくれるだけで喜んでテレビにかじりつきますけどね!w
というか書きたい物が多すぎて筆が追いつきませんいつも遅筆でごめんなさい(汗)

2014/4/6著


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