切欠なんてそんなもの






 
 
 
 
春。
新学期を迎えた校舎の片隅で挙動不審な先輩を見かけた。




『ねぇあれ、園田先輩じゃない?』
『ほんとだ、せんぱーい!』
『園田先輩ー!』




窓の外から呼ばれたその人はちょっと戸惑っい気味にぎこちなく手を振り返した。
途端に上がる黄色い歓声……というか悲鳴。
相変わらず凄い人気ね、等と他人事なのをいいことに我関せずと廊下の端から眺めていた。
そしてその人、海未ちゃんは窓から見えない位置までくると――脱兎のごとく下級生達の目から逃げ出した。




「そんなにっ!?」




と、私がいる方とは逆方向に走っていく背中に突っ込んでみても聞こえてないのだから当然返事はもらえない。
なんでこんなに照れ屋なのにスクールアイドルなんてやってるのよ、とか、いい加減一年近くやってるんだから慣れなさいよ、とか。
言ってみたところでそれが海未ちゃんなんだからしょうがないわよね、ってところに結局落ち着いちゃう。
だって海未ちゃんだし。




「……で、いつまでそうしてるつもり?」
「っ!? ……あ、真姫ですか……」
「なによ、私じゃまずいの?」
「いえ、その、むしろありがたいです……」




ありがたいって何よ、私がいいってこと?
いえ違うわよね、凛や花陽やそれこそ見知らぬ下級生達じゃなくてよかったってことよね、
憧れの園田先輩が部室でうずくまって頭を抱えてるだなんて。
いっとくけど凛や花陽達だってもう見慣れてるわよ多分。




「そういうわけではないのですが……真姫だと妙な安心感が」
「どういう理屈よ……」
「さぁ……どうしてでしょう……?」




質問に疑問形で返すとか何なのこの人。
相変わらず海未ちゃんてめんどくさい。
安心感?錯覚よそんなもの。
別に海未ちゃんが心配で追いかけてきたわけじゃないんだし。




「あれ、でも真姫達の教室は確か部室と反対方向……」
「それが何」
「いえ、あの……」
「だから何」




ええそうよ、だから何よ、心配なんてしてないって言ってるでしょう。
たまたま海未ちゃんが廊下を爆走していって、たまたま私の視界に入っただけよ文句ある?




「その……ありがとう、ございます」
「っ……別に」




だから海未ちゃんが気にする必要はなくて、あまつさえお礼を言う必要もないわけで……
なのになんでそんなに嬉しそうに笑うわけ?
その笑顔がいけないって分かってる海未ちゃん?
いえ、分かってないわよね、分かってたら下級生達に騒がれたくらいでうろたえたりしないもの。




「……っていうか、逃げ出す程嫌なわけ?」
「嫌、というわけではないのですが……その、落ち着かないというか……」
「最上級生なんだから、後輩達から声かけられるくらい普通でしょ?」
「ま、真姫は綺麗だから普通かもしれませんが私はとても……」
「っ……だからそれがダメだって言ってるのよ……」
「え?」
「……なんでもない」




何か言いましたか?なんて首を傾げる海未ちゃんに至って平静を装って返した私は偉いと思うわ。
もしかしたら頬が一瞬ひきつったかもくらいは許してほしいとこだけど。
なんでさらっと綺麗とか言えちゃうわけこの人。
エリー達三年生がいた頃からと言えばそうだけど、卒業後三年生になってからさらに磨きがかかった気がするのは私の気のせいかしら。
気のせいであってほしい。
これ以上この無自覚天然タラシ朴念仁海未ちゃんの被害者が増えるのはやめてほしい。
無理でしょうけど。
うん分かってた。




「ステージにいる時はあんなに堂々と投げキッスまで出来るのに……」
「あ、あれはステージの上だからいいんです!!」
「どう違うのよ」
「普段とは違います!」




後で我に返るとあれも相当恥ずかしいのだとか。
それでもやれちゃえる海未ちゃんてすごいんだかめんどくさいんだか……まぁ両方よね。
ていうか、そもそも海未ちゃんって元からかなりモテてたと思うんだけど……?




「まさか、私より絵里の方が凄かったですよ?」
「あぁ、まぁ、ね……」




比べる対象が悪い、というかおかしい。
そりゃあ天下の元生徒会長様だもの、と少し前にあったバレンタインデーの惨状を思い出す。
チョコレート好きを公言していたせいもあるのかもしれないけど、それはもう冗談じゃないくらいのチョコレートの量だった。
心なしかチョコレートを受け取るエリーの頬が後半になるほど引きつり気味だったのもしょうがないと思う。
まぁμ'sのメンバーは皆それなりにもらってたし、私もなんだかんだで結構もらったりはしたわけだけど。
それでもツートップはエリーと海未ちゃんで間違いない。
というか、卒業前でその状況だったんだから、最高学年になれば当然海未ちゃんに後輩の人気が集中するなんて当たり前のことじゃない。




「うぅ……絵里、希、にこ……帰ってきてください……」
「そんな情けないことで帰ってくるわけないでしょう……」




やれやれと首を振ればですよねとうなだれる海未ちゃん。
どう足掻いたって学年が違う私達。
時間の巻き戻しなんて出来るわけがないしそもそもこの程度のことで卒業した皆を呼び戻すわけにもいかない。
いや、エリーあたりなら嬉々として今の海未ちゃんを構い倒すかもしれないけど。
ていうか希はともかくにこちゃんはいても後輩達からの風除けには使えないからたぶんきっと。




「ほら、ばかなこと言ってないでそろそろ行くわよ……授業始まっちゃうじゃない」
「あぁ、もうそんな時間ですか……手間を取らせてしまってすみません真姫」
「大したことじゃないって言ってるでしょ……」
「でも……」
「それ以上言うとその口縫いつけるわよ」
「それは、困りますね……」




苦笑する海未ちゃんを引きずって元来た道を戻り始める。
嘘よ、縫いつけたりなんてしないわ。
だって海未ちゃんの声が聞けなくなったら困るもの。
あちこちに無自覚に爆弾落としてる時はその限りじゃないけれど。
……やっぱり塞いじゃおうかしら?




「……何か怖いことを考えてませんか、真姫?」
「気のせいよきっと」




はぁそうでしょうか……と妙なところで鋭い海未ちゃんを煙に巻いて歩を進める。
そしてさっきの場所――中庭に面した渡り廊下まで来たところでまたしても黄色い悲鳴が上がった。
飽きないわね貴女達も、というかそろそろ授業始まるわよなんか人数増えてるけど。




『園田せんぱーい!』
「え、と……」
「適当に手でも振っておけばいいのよ」
「ですが……」
『西木野さーん!』
「……」
「……何よ」
「いえ……さすが真姫だな、と……」




都合良く自分のファンを見なかったことにする海未ちゃん。
神経図太いんだか繊細なんだかどっちなのよほんとにもう。
だいたい数で言えば私より海未ちゃんのファンの方が……あぁ、もう、めんどくさい。




「海未ちゃん、手、貸して」
「は、手ですか?」
「うん。あ、やっぱり腕と肩も」
「はい? ……って、真姫!?」




途端、きゃぁーっ!!という黄色い悲鳴が盛大に上がる。
それもそのはずよね。
何せμ'sの二人が目の前で密着して歩いているんだから。
なんて、他人事みたいな顔で海未ちゃんの肩に乗せた頭をぐりぐりとしてみたり。




「く、くすぐったいです、真姫……って、いえ、そうではなくてですね……」
「嫌なの?」
「い、いえ、そうではありませんが……」
「じゃあいいでしょ別に、これなら皆寄ってこないわよ」




そういうものでしょうか……?といまいち要領を得ないと言わんばかりの海未ちゃんをそんなもんよ強引に押し切って歩き続ける。
握ってる手が熱いとか、抱き締めてる腕を放したくないとか、肩に乗せた頭が妙に落ち着くだとかどうせ今だけのことだから。
どうせこの先輩には態度で伝わることなんてないんだから、これくらいの役得があってもいいわよね、なんて。
我ながら素直じゃないにも程がある。




「あの、真姫……?」
「何?」
「……ありがとうございます」
「……自分の教室に行くついでよ」




分かってるのか分かってないのか。
はいっ、と朗らかに笑う海未ちゃんにやっぱりこの笑顔が好きなんだわ、と納得してしまう自分に苦笑い。
手強いのは今に始まったことじゃない。
なにせこんな美少女に想われてるのにこれっぽちも気がついてないんだから。




「さて……じゃあここまでね」
「そう、ですね……少し残念です」
「少し?」
「かなり」




ならいいわ、なんて笑って腕を解く。
するりと離れていく温度に寂しいなんて言えるはずもない。




「……今日の放課後、練習前に迎えにいきますね」
「な、何よ急に……って、頭撫でないでよ!」




それなのに海未ちゃんってば、お見通しですよって感じに私の頭を撫でて微笑んだ。
ずるい。
こんな時だけどうして分かっちゃうのかしら。
これで他意がないなんて、誰が思うのよ。
ちょっとくらい期待したっていいじゃない。




「……早く来てよね」
「はい、もちろんです」




だからちょっとだけ私も素直になって、早く来てとねだればまた一つ笑顔が増えて。
消えてしまわないようにそっと心の中でシャッターをきった。



*****



「ま、まままま、真姫ぃーっ!?」
「ちょっと、人の名前をなんだと……」
「こ、これは一体……!?」
「え……?」




そして放課後。
約束通り?私達の教室までやってきた、というか駆けこんできた海未ちゃんの手には学内新聞が握られていて。




『μ'sの歌姫と弓道部のエースに熱愛発覚!?』




……なんていう見出しと一緒に今朝方の私と海未ちゃんの写真が添えられていたりして。
あら撮られてたのね、なんて今さらすぎる。




「ふぅーん」
「いや、あの、真姫……?」
「よく撮れてるわね、これ」




慌ててる海未ちゃんには悪いけど、新聞部に行ったら焼き増ししてくれるかしらと割と本気で思ったり。
ツーショットの誘惑もさることながら、半分は当たってる新聞に怒る気力も湧かないくらい。




「ですから、その……」
「私が相手じゃ不満なの?」
「そんなことはありません!」
「え?」
「あっ」




いえ、あの、だから、その……もごもごうにゅうにゅ、普段は白く透き通った海未ちゃんの肌が目に見えて赤くなる。
言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ……そう言えない私の頬もきっと大差ないと思うけど。
記事、半分じゃなくて八割くらいは、当たってたのかもしれないわ。




「ねぇ……」
「ま、きっ……!?」




どうせなら十割ほんとにしてみない?
……なんて、口に出来ない私は代わりに一つ、海未ちゃんの頬に口づけを落としてぎゅーっとその腕を抱きしめた。
――逃がしてなんてあげないんだから、覚悟しといてよね、海未ちゃん?


...Fin


あとがき(言い訳)

にわか海未ちゃんすきーのキッドです、ごきげんよう。
なのは原稿しなきゃーなはずなのに、なぜか西木野さんが書き上がってました。
なぜでしょう?不思議ですw
目下えりうみとうみまきがかなり熱いのでこの辺が順当に増えそうだなーと思う今日このごろ。
毎度のことながらへたれ紳士が攻めだと嬉しいとかなんて分かりやすいんでしょうか私。
あ、そういえば明日は海未ちゃんの誕生日だとか、おめでとうございます。
意図せずフライングおめでとうになりましたがお楽しみいただければ幸いです☆
いえ別に誕生日SSではありませんが(笑)

2014/3/14著


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