カチンときたのよ






 
 
 
 
「いやー、大量、というか大漁やねえりち」
「……で、なんでにこ達まで逃げないといけないのよ」
「ご、ごめんなさい……」




じろっと棘のある視線をにこに向けられてとりあえず平謝り。
理由は簡単。
私の逃走劇に付き合わされたから、だ。




「まぁでもそろそろ逃げんと紙袋の底が抜けそうやしなぁ〜?」
「うぅ……」
「いっそ抜けたらいいのよそんなもの」
「にこっちー、えりち程もらえへんからって拗ねたらあかんよー?」
「なぁっ!?誰もそんなこと言ってないじゃない!?」
「ふふっ……甘いよにこっち、うちはなんでもお見通しや〜」
「ってだからいちいち揉む必要なっ……いやぁーっ!?」




わしわしMAXや〜♪と嬉しそうに希がにこに飛びかかる。
なんだかんだ言ってこの二人も仲がいいわね。
やっぱり付き合いが長いからかしら?
いえ、にこが希のいいおもちゃになりやすいっていうのもありそうだけど。
ていうか私の前でいちゃつくのはやめてほしい。




「んー?なんや、えりちもしてほしいん?」
「謹んでお断りさせていただくわ」
「ちょっと、助けなさいよ!」
「仲がいいって美しいわね」
「どこが……って、いやぁー!?」
「許してあげんとにっこち、えりちは今ブルーなんやから」
「私が怒ってるのはあんたのその奇行についてよ!」
「にこっち」
「何よ!」
「……ちょっと増えたんちゃう?」
「え、うそ」
「お腹周りが」
「……」
「……希」




それ、多分トドメよきっと。
……なんて思ったところでもう口にするまでもなく、にこは真っ白になっていた。
息してないわね、あれ。
そしてなんでそんなに満足そうなの、希。




「可愛いやん?」
「……そう」




これも愛情表現の一つ、ということなのかしらね?
私なら断固としてお断りするけれど。




「えりちは直球に弱いもんな〜?」
「っ……い、いいでしょ別に、私のことは」
「今頃向こうも大変なんちゃう?」
「……今は部活中でしょ?」
「でも今日は特別やん?」
「そう、だけど……」




でも、と言おうとして手元のそれを見て思い直す。
私がこれだけもらったのだ。
あの子が手ぶらということは絶対にあり得ない。
相手がいようがいまいが、いえ、逆にいると知っているからこそ、こういう機会でしかということかしら。
普段もゼロではないけれど、今日ばかりは学院の乙女達のパワーは底知れないものがある。
慕われるのは嬉しいのだけど、さすがにそろそろ色々と怖い。




「なんでよ!プレゼントはアイドルのステータスでしょ!」
「あ、復活した」
「もらえばいいってものじゃないでしょう?」
「きぃーっ、これだからモテる女は!!」
「まぁ、えりちは一途やもんな〜?」
「の、希!別にそういうことじゃなくて……」
「違うん?」
「違わないわよ!……って、だからそうじゃなくて……」




どうなん?と小首を傾げる希の仕草はとても様になっているのに、
キラキラと楽しげに輝く瞳を見れば面白がっていることは明白で。
なんで私がこんなところで希にいじめられてないといけないのよ、とか、
私が一途……というか、その、うん、ぞっこんなのは間違いないけど、今はそういう話じゃなくて……




「ならどういう話なん?」
「いくら私がチョコ好きでも限度があるっていう話よ」
「いいじゃない、あんた毎日ばくばく食べてるんだから」
「そ、そんなに食べてないわよ!」
「今も自分用のチョコレート、いつも通りポケットに入れとるのに?」
「うっ……」
「ほら見なさい、あんただってお腹周りあぶないんじゃないの!?」
「なっ……わ、私はちゃんとキープしてるわよ!」
「どうだか!」
「ほんとよ!昨日だって海未にっ……!!」
「おー」
「はぁー?」
「あっ……」




売り言葉に買い言葉。
ぺろっと飛び出した自分の言葉に失言を悟って閉じたところで、飛び出た言葉は戻らない。
キラキラとにやにやが増した希。
心底鬱陶しそうなにこ。
何かしらこれ、もの凄く居心地が悪いのだけど。
だってしょうがないじゃない。
昨日は海未が泊まりにきてたんだから!




「つまり昨夜お楽しみやったということで」
「ちがっ……た、ただ、海未があんまり食べ過ぎると心配だって言うから、たまたま昨日測っただけで……」
「ナニを?」
「ウエストに決まってるでしょう!?」
「ていうかそれ海未ちゃんえりちの身体が心配ていう意味やないの?」
「だ、だって、血糖値とか測りようがないし……」
「つまり自粛する気はないってことね……」




はぁ……と、溜息をつくにこに、でもとかだってとどうにか反撃の糸口を探す私。
いえ、まってまって、そもそもいくら「そういう日」であっても、
このチョコレートの量と内容は尋常じゃないわよというそういう話であって、
別に私のウエスト周りのことだったり、海未との話じゃなかったわよね?
何これ新手のいじめなの?




「あんたが自爆しただけじゃない」
「らぶらぶやな〜」
「……海未ぃ〜……」
「だからあいつは弓道場だっての」
「練習頑張ってるんやろなぁ海未ちゃん」
「うん……」




そう、いつだって真面目で全力な海未のこと。
いくら今日が校内をチョコレートが闊歩する日、つまり二月十四日のバレンタインデーであったとしても、その行動は揺るぎない。
どう頑張っても練習にならなそうな空気にあっさりお休みにしたμ'sと違って、
少しだけ申し訳なさそうに弓道部の方に顔をだしてきます、と部室を出て行った海未を思い出す。
きっと今は道場で防具をつけて、その弓の腕前を遺憾なく発揮しているに違いない。
凛とした佇まい、伸びる背筋、射抜くような真剣な瞳はまっすぐに的に向かって――




「射抜かれたんやもんなぁ、えりちは」
「ギャップ萌えってやつでしょ」
「……今日はよく絡むわね、貴女達……」




相変わらず対照的な温度差ながら絡んでくる二人をジロっと睨んで、思考はまた海未の元へ飛んでいく。
そういえば告白してくれた時もそうだった。
穏やかな弧を描いていたはずのその瞳が真剣な色を帯びた時、確かに周りの空気が変わった。
短い逡巡の後、迷いを振り払った瞳でまっすぐに私を見た。
動けない。
声も出せない。
呼吸すらどうやってしていたのか分からない。




『絵里……私は、絵里のことが好きです。
 先輩としても、友人としても、仲間としても、そして……男女のそれと同じ意味でも。
 お慕いしています、絵里。どうか、私と付き合っていただけないでしょうか』




ただただ愚直な程の真っすぐさに、射抜かれた。
――後はもう、落ちるだけだ。
真剣に何かに打ち込む姿も、その瞳もμ'sやあの子の周りの人間は皆知っている。
だけどあの日、あの場所でその瞳の中に灯っていた熱は、私しか知らない。




「よし……やっぱり迎えに行くわ」
「海未ちゃんを?」
「ええ……あの子、確か紙袋一つしか持ってなかったはずだし」
「あぁまぁ……確かに満杯になってそうよね」
「でしょ?それに……私だって早く海未と交換したいもの」
「交換なんや」
「え、ええ……まぁあげるだけでホワイトデーにもらってもいいんだけど」
「……絵里が受けね」
「受けやね」
「……もう好きにして」




確かに海未を見ていると、尽くしてあげたい、っていう気持ちになることはままあるけど、それでどうしてそういう行為に結び付くのよほんとにもう。
……あながち外れてないのがまた悔しいし。
とはいえ私は海未の元へ行くと決めたのだから、そんな二人に構ってはいられない。
いえ、もとはと言えば私の逃走に二人を付き合わせてしまったのが始まりなのだから、こうして時間つぶしに付き合ってくれていることには感謝しなければいけないのかもしれないけれど。




「でも海未ちゃんてへたれでしょ?」
「リバありなんちゃう?」




……いえもう、ほんと感謝とかしないから何より海未はちょっと気が優しいけどやる時はやるわよでもそういう意味じゃなくてよもちろん。




「えりち……怒り顔とにやけ顔が同居しとるよ?」
「いいから行くわよ、ほら貴女達も袋持って」
「ちょっとー、いつまで付き合わせるのよにこはあんたみたいに暇じゃ」
「受験対策してあげないわよ」
「よぉーし、道案内はにこちゃんに任せなさい!」




どこかやけっぱち気味にそう言って部室のドアを蹴破る様に開け放ったにこに続いて部屋を出る。
やっぱり勉強はやっておくに限るわね。
隣でのほほんと笑ってる希には効かないけど。
希に効果的なのは何かしらね……スピリチュアル?




「うちは皆が笑っててくれたらそれで幸せや」
「敵わないわねぇ……」




ふと優しい色を帯びた瞳で交じりっ気なしにそういうのだから、本当に希には敵わない。
ずんずんと前を進むにこの背筋が心なしか誇らしげに反った気がした。
……うん、そうね、私もカッコいい海未を見てると凄く誇らしく思うもの。




『園田せんぱーい!』
『あの、園田さん、これ……!!』
「「「…………」」」




……だからね、海未、恋人が女の子に囲まれて身動きできなくなってたらちょっとくらい怒ってもいいと思うのよ。
いいえ怒るべきよね、だって私の海未なんだから。
ていうかどうして貴女校内にいるのよまだ部活中でしょ間違いなく。




「忘れ物でもとりにきたんちゃう?」
「間の悪さはピカイチだものね」




失礼ね、ちょっとタイミングが悪いだけよ。
と海未の擁護に回るが心の中ですましてしまう時点でどうにもならない。
さてこの包囲網をどうしたものか、と思案する私をよそに、海未の手元にはチョコレートの箱が積み上がる。
片手でよく器用にそんなに持つわね、と思っていると不意に空いている方の手が今新しいチョコを積み上げた子に向かって伸びる。
髪をちょっとひっかけて、優しく頬を滑って戻される。
止めとばかりに穏やかな微笑み。
分かっている、その子の髪についていた糸屑をとってあげただけだって。
何あのイケメン?と呟くにこが言うようにカッコいいのだって海未が悪いわけじゃない。
でもね、だけどね。
頬を染めて熱い視線を自分の恋人に向けられて我慢できる程出来た人間じゃないのよ私は。




「……希、袋お願い」
「えーと程々になぁえりち〜」
「善処するわ」




海未用の空き袋と私の袋を希に渡すと私は突撃を開始する。
使えるのはこの身一つ。
武器はと言えばポケットの中で揺れる馴染んだそれだけ。
でも十分よ。
これ以上は必要ない。
手早く包みを解きながら包囲網に突入する。




「海未」
「はい?……絵里?どうしてここに……ふむっ!?」




そして包みから取り出した一口チョコを海未の口に放り込み両頬に手を添えて――




「き、きゅうになん……んんんっ!?」




――その唇を自分のそれで塞いでしまった。




「んぅ、え、り……!?」
「ん、むっ……」




至近距離で見開かれる琥珀の瞳をやっぱり綺麗ねと眼だけで微笑んで、
呆気にとられ開いた隙間から差し入れた舌で所在なさげにしていたチョコを転がしてあげる。
ぴくりと反応する海未が可愛らしい。
海未が喜ぶことはなんだってしてあげたい。
愛しさのままにチョコを挟んで舌と舌が絡み合う。




「ふ……んぅ……」
「ぁ、ん……っ、……ごちそうさま、海未」
「っ、あ……え、り……」




やがて半分程になってしまったチョコレートごと海未の中から引き上げれば、
眼前の海未の顔はこれでもかというくらいに赤く染まっていた。
私も似たようなものかしら?と思いながらも「続きはまた後で、ね?」と囁けばさらにボッと火がついた様に赤くなった。
可愛い。
それこそできるなら今すぐ食べちゃいたいくらいに。
そしてその後は私を海未に捧げるの。
周りで上がる悲鳴のような生徒達の叫びもただのスパイスにしかなりえない。
じゃあまた後で、と颯爽と踵を返した私は、
そこに親友達のなんとも言えない微妙な顔を見つけてようやく少したじろいだ。
……え、何か間違えたかしら、私?




「……はふっ」
「え……ちょ、ま……う、海未ぃーっ!?」




慌てて振り向いたその先で。
ぷつん、とブレーカーが落ちたみたいにそのまま海未は気絶した。



*****



「バッカじゃないの」
「うぅ〜ん……絵里……絵里ぃ〜……」
「心臓止まらんでよかったなぁ海未ちゃん」
「いえ、もうほんと……ごめんなさい……」




うぅ〜んと熱にうなされ続ける海未と呆れと苦笑の滲む二組の視線を前に私はひたすらうなだれた。
まさかこんなことになるなんて。
そんなに刺激が強かったのかしら?
海未が起きたらとにかく謝ろう。
そして今度は海未の方からキスしてもらおう。
ぱたぱたと海未を扇ぎながらにやけたら、べしっ!と小さい親友に思いっきり頭をはたかれたのだった。


...Fin


あとがき(言い訳)

だから原稿が(ry
締め切りが(ry
もう更新ペースがおかしいです。
さっくり二時間くらいの短文で仕上げてその後原稿しようと思ってたのに、
気がついたら朝チュンの時間になってました私も嫁がほしいいやそうだけどそうではなくてだ。
なのフェイもえりうみもいつまでたっても誕生日SSに辿りつけませんどうなってるの。
きっとあれですね、先日に引き続き絵里さんに蹴られすぎて私のお尻が痛いだとかうちの絵里さん自体が痛い子ですよ本当に。
時系列もシリーズも違うけど先日のうみまきに続きうちの絵里さんはよくよく頭をはたかれますね。
緩いのは私の頭ですかそうですか。
でも一応えりうみもうみまきも二本ずつ書いたしここからは原稿に集中できるはず。
はず。
……はずなんだよ!(必死)
どこかに魔法の小人さんとお嫁さんは落ちてませんか誰か届けて特に後者を。
もういっそ海未ちゃん総攻めと総受けSSとか書きたいよね!誰かよろしく!

2014/3/19著


ラブライブ!SS館に戻る

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