五月「暑いから」






 
 
 
 
「……暑い」
 
 
 
 
五月。
衣替えも済んでないというこの時期なのに、じりじりと照りつける太陽に辟易とする。
どうして日本の夏、いえ初夏(って言っていいのかしらまだ五月なのに)はこんなにも暑いのか。
そりゃもちろん日本だからと言われればそれまでだけど、故郷の夏を思い出せば愚痴の一つも言いたくなる。
 
 
 
 
「……ちょっと、休憩……」
 
 
 
 
どさっと校舎裏の日陰に腰を下ろす。
熱気にさらされていないコンクリートのひんやり感が気持ちいい。
もうこのまま日が落ちるまでこうしてたい。
そんなことできるはずもないけれど。
 
 
 
 
「残りの体育会系の部を回らないとね……」
 
 
 
 
申請だの活動状況だの打合せには事欠かない。
書類くらい言われなくてもちゃんと出してよねと思うけど、それを回収するのもまた生徒会の仕事である。
少ない人数で本当によくやっていると思うわよ。
 
 
 
 
「……生徒会長?」
「……っ」
 
 
 
 
最近は仕事、というか主に私の頭痛を増やしてくれる子達もいることだし。
……なんて考えていたせいかしら。
呼ばれて顔を上げれば頭痛の種の一人が私を覗き込むようにして立っていた。
背に真っ直ぐ伸びた黒髪は軽く一つに結われ、白い胴着と紺の袴姿は物凄く様になっている。
三人の中では一番ああいう事には参加しなそうなのにやっぱり誰しも友人には弱いものなのかしら。
他の二人は可愛いというタイプだけどこの子が一番美人よね。
つらつらと目の敵を前にそんなことを考えていた時点で私の頭はだいぶ沸騰していたに違いない。
かろうじて眉間に皺を寄せて剣呑な視線を返せたのはほとんど無意識の行動だった。
 
 
 
 
「……何?」
「いえ、こんなところに生徒会長がいるとは思わなかったので」
「……いちゃ悪い?」
 
 
 
 
まさか、と苦笑して首を振る姿は穏やかでどこか柳のようなしなやかさを連想させる。
生徒会室で見せた射るような真っ直ぐな視線と違って、
鋭さの無い視線はその色とも相まって柔らかい蜂蜜のような甘さを思わせて、
なんとも言えないむず痒さに居心地がいっそう悪くなる。
……なによ、私はこんななんだからそっちだってそういう態度でいればいいのに。
八つ当たりにも程があるそれは幸い言葉にはならずに視線を逸らすことで言わずにすんだ。
 
 
 
 
「……今日は、暑いですからね」
「……えぇ」
「各部の書類の取り纏めですか?」
「……えぇ」
 
 
 
 
貴女と会話する気なんてないのよ私には。
そう言わんばかりの口調なのに気を悪くした様子もない。
忍耐強いのかなんなのか、そもそも気にしていないようにすら見えるのだから不思議よね。
 
 
 
 
「……ちょっと、失礼します」
「え……きゃっ!?」
 
 
 
 
そんな彼女が眉を寄せたかと思うと、ばふっと白いなにかが私の視界を多い尽くした。
いきなり何するのよ!
……そう叫ぼうとして顔にかぶせられたそれの冷たさに息を飲む。
手に取ってみればそれは水で冷やされた濡れタオルで火照った顔や首にはちょうどいい。
気持ちよさに知らず零れた吐息も、タオルをかぶせた張本人には知られていて、嬉しそうに細められた瞳にドキリとする。
……何してるのよ、私。
 
 
 
 
「今日は、暑いですから」
「……えぇ」
 
 
 
 
さっきとまったく同じ会話をして気まずさをまぎらわせようとする。
距離を計りかねているのは彼女、園田さんも同じなのかもしれない。
 
 
 
 
「少し温かくなってしまっているかもしれませんが……」
「別に……平気よ」
「よかった。ここに来るまで少しあったので」
「だから平気……っ!?」
「生徒会長?」
 
 
 
 
渡されたタオルは十分冷たくて気持ちがいいのだからそんなに気にしないでよ。
そう言おうとして、そこであることに気がついて身体ごと固まってしまった。
さっき現れた彼女の首には白いタオルがなかっただろうか?
……確かにあったはずだ。
なのに今彼女の首にはそれがない。
それはつまり今私が使っている濡れタオルは先程まで園田さんが使っていた物だということで……
 
 
 
 
「……〜〜っ!?」
「え、あの……?」
「……なんでもないわ」
「え、でも」
「なんでもないから!」
「は、はぁ……?」
 
 
 
 
くわっと叫んで濡れタオルで視界を塞いだ。
気にしたら負け、気にしたら負けなのよ絢瀬絵里。
念仏のようにぶつぶつと唱えてみるけれど、唱えれば唱えるほど顔を埋めたタオルに意識が集中する。
ほのかに香るのはタオルについた香料なのか、それとも彼女自身のものなのか。
確かめる勇気はもちろん無い。
 
 
 
 
「……?」
 
 
 
 
そうこうしているうちに人の気配が無くなったことに気がついて顔を上げれば、そこに園田さんの姿はなかった。
うなり続ける私に呆れたのかそれとも部活に戻ったのか。
……出来れば後者ならいいと思う。
 
 
 
 
「って、どうでもいいじゃない」
 
 
 
 
別に彼女に嫌われたとしても構わない。
むしろ望むところじゃない。
……そう思うはずなのに、どうして私は唇を噛み締めているのだろう。
嫌われたくない?
まさか。
あり得ない。
 
 
 
 
「……っていうかどうするのよこれ……」
「何がですか?」
「きゃっ!?」
「わわっ、す、すみません!?」
 
 
 
 
いなくなった時と同じ唐突さで私の後ろからひょこっと顔を出した園田さん。
驚いて振り向いた拍子に園田さんが持っていたペットボトルが私の頬に触れてしまって、二人であわあわと距離をとる。
 
 
 
 
「お、脅かさないでよ!」
「す、すみません、冷たかったですよね」
「それもあるけど……」
「他に何か?」
「……いいわ、もう」
 
 
 
 
ついっと顔を背けるとやっぱりまた少し眉を下げて困ったように微笑んだ。
なんだかさっきからこんな顔ばかりさせている。
本当に何やってるのかしらね私。
 
 
 
 
「……どこ行ってたの?」
「あぁ、これを買いに」
 
 
 
 
そう言って揺らされるスポーツドリンクのペットボトル。
まるでいなくなったことを咎めるような言い草だと頭を抱えたくなる私をよそに、
彼女の手から私の手のなかにそのペットボトルが受け渡される。
顔を上げればまた優しい笑顔とぶつかった。
 
 
 
 
「……今日は、暑いですから」
 
 
 
 
三回目。
じっと下から見つめれば面白いくらいに視線が右へ左へいったりきたり。
動揺してるのが分かりやすすぎる程に分かって逆にちょっと面白い。
……きっと、私のために買ってきてくれたのだろう。
よく考えればさっきからろくに水分も取らずにウロウロしていたし、はたから見れば私はかなり具合が悪く見えるのかもしれない。
いや、かも、どころが本当にそうなのねきっと。
こうして濡れタオルで涼も取らず水分も取らなかったらうっかり保健室送り、なんて笑えない光景が頭をよぎった。
 
 
 
 
「……えと、あの……」
「……どうして?」
「え?」
 
 
 
 
……ねぇ、なんでそんなに優しいのよ。
私はあんなに貴女達にきつく当たって今だってこんな態度を取ってるのに。
いっそ生徒会室で対峙している時の様な鋭い瞳でいてくれたなら、私はこんなに苦しくないのに。
……なんて、ほんと言い訳だらけ。
かっこ悪い。
……でも今日は、暑いから。
 
 
 
 
「いえ……頂くわ、ありがとう」
「……はい」
 
 
 
 
あからさまにホッとした様子の園田さんと笑みを噛み殺す私。
だってほら、今日は、暑いから。
暑いから、しょうがないのよ。
私も彼女も、しょうがない。
 
 
 
 
「……じゃあ、私はそろそろ」
「……生徒会長とじゃれてましたって言ってもいいわよ?」
「い、言いませんよ!? そんなこと!?」
 
 
 
 
長く部活を抜けてしまった言い訳にとからかえば顔を真っ赤にしてそう言った。
私以上に生真面目な彼女はきっとなにも言い訳なんてしないのだろう。
ちょっとくらいなら引き合いに出されても構わないのは冗談じゃないのに。
言ってなんてあげないけれど。
 
 
 
 
「それでは、また……」
「……えぇ」
 
 
 
 
踵を返してぱたぱたと駆けていく。
その後ろ姿にぴくりと指先が反応したのは気づかないふり。
手を伸ばしてどうするというのか。
明日になればまたいつもの頑固な生徒会長と幼馴染みを支える親友に戻るのだから。
だから、このタオルとペットボトルくらいの距離でちょうどいい。
 
 
 
 
「……甘い」
 
 
 
 
スポーツドリンクってこんなに甘かったかしら?
首をひねってみても本当は分かっている。
だから今は分からないふりで誤魔化して。
 
 
 
 
「……ペットボトルはともかくこのタオルどうしたらいいかしら……」
 
 
 
 
その事実に気がついて愕然とするまであともう少し。
甘いどころか甘酸っぱいのよと、その夜洗濯機にタオルを放り込む私がどんな顔をしていたのか。
それは私自身も知らないお話。


...Fin


あとがき(言い訳)

これまたTwitterにぽいぽいしてたのを清書してリサイクルw
ちょっとぐったりしてて新しいのが書けてないですごめんなさいー。
っていうか、続きを書かずに次々新しいシリーズ投下する駄目人間です。
いや、待って、違うの、悪魔の囁きというのが色々と聞こえてね!(見苦しい
基本遅筆だけいつか書く、はず;どれもこれもまったり進行ですほんとごめん。
どれもこれも気長にお付き合いいただけるとありがたいです(^^;)

2014/7/9著


ラブライブ!SS館に戻る

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