Precious Memories

Act.2 2

 
 
 
 
 
 
ミーンミンミンミーン・・・・・・
 
 
 
 
「はぁ・・・・・」
 
 
 
 
ミーンミンミン・・・ジジッ
 
 
 
 
「やかましい・・・・・」
 
 
 
 
夏。
四季の中でもっとも暑く、真夏日ともなれば30度を軽く越える。
命短し恋せよ乙女・・・・・かどうかはしらないが、セミなんかにとっては大切な季節。
こちらにしてみれば、やかましいことこの上無いのだが。
何よりこの暑さ、油断すればあっというまに脱水症状を引き起こす。
そう、今この時のように。
 
 
 
 
「気持ち悪い・・・・・」
朦朧とする意識の中で、吐き気だけがいやにはっきりしている。
迷惑なことだ。
せめてどちらかにしてほしいものだが・・・・・・
もちろんそんな願いが通じるはずもなく、私の状態は立っていられない程になってしまった。
そうしてしゃがみ込んでしまった私に、声をかける人物がいた。
 
 
 
 
「・・・・・大丈夫?」
 
 
 
 
ここで普段の私なら極上の笑顔で、
『ありがとう、大丈夫ですからお気遣いなく』と言うところなのだが・・・・
 
 
 
 
「・・・・大丈夫に見える?」
 
 
 
 
思わずきつい言い方をしてしまった。
だけどその人は気を悪くした風もなく、「だよね・・・・」と苦笑して、
今度は、「じゃあ立てる?」と聞いてきたが、私は首を横に振った。
とてもじゃないが立てそうにない。
 
 
 
 
「んー、でもここじゃ日があたるし・・・・ちょっとごめんね?」
「・・・・?・・・・・きゃっ!」
 
 
 
 
直射日光を避けた方がいいのはわかっていたが、移動するだけの力は残っていなかった。
立つことすらままならないのだ。
だから、その人の判断は正しい。
正しいのだけれど・・・・・
 
 
 
 
「よく往来でこんなこと出来ますね・・・・・」
 
 
 
 
人影はまばらだが無人ではない。
それなのにその人は、周りの目も気にせずに私を抱きあげたのだ。
 
 
 
 
「うー、でもさぁ、意地はって救急車のお世話になる方が恥ずかしくない?」
 
 
 
 
・・・・・確かに。
 
 
 
 
「要するに、どっちにしろ恥ずかしいのは間違いないってことですね・・・・」
「あはは、結局そうなるね〜」
 
 
 
 
その人はそう言って、あっけらかんと笑い飛ばしているけど、たぶん恥ずかしいなんて思ってはいないのだろう。
涼しい顔をして休めそうな木陰を探しているのだから。
予期せぬ"お姫様だっこ"で、動揺しているのが自分だけだというのが少し悔しいと思った。
それからしばらくして、公園内の木陰に辿り着き、
その人が買ったスポーツドリンクを飲んで、ようやく一息つくことができた。
 
 
 
 
「病院送りは脱しそう?」
「おかげさまでね」
「そいつはよかった」
 
 
 
 
それでも、意識ははっきりしてきたものの、まだ体が思うように動かない。
だからもうしばらく、横になっている必要があるのは確かなんだけど・・・・・
 
 
 
 
「どうしてこの体勢になる必要があるのかしら」
「ん?あぁ、するよりされたかった?膝枕」
 
 
 
 
・・・・さっきといい今といい、この人には羞恥心というものがないのだろうか?
 
 
 
 
「じゃあ元気になったらしてもらおう。予約しとくからね♪」
「誰もしてあげるなんて言ってないわよ・・・・・」
「えー」
「えー、じゃないでしょう・・・・・」
 
 
 
 
まったく、見た目に反してなんて子供っぽい人なんだろうか。
 
 
 
 
「残念、ま、気が変わるのを期待しますか」
「バカ・・・・・」
 
 
 
 
だけど、こんな間のぬけたやり取りさえ私は楽しんでいる。
普段の私からは考えられないことだ。
ただ、気が緩みすぎたのか、いつのまにか睡魔が忍び寄っていたのだけれど・・・・
 
 
 
 
「・・・・少し眠る?」
「・・・・いいの?」
「かまわないよ・・・・もちろん、可愛い寝顔を堪能させてもらうけどね♪」
 
 
 
 
そんな風に彼女はちゃかして言うけれど、その瞳はとても優しくて、
私は不思議なまでの安堵感に包まれながら、ゆっくりと眠りへ落ちていった。
そして夢を見た。
この人と一緒に歩く夢を。
それは、私の進むべき道が決まった瞬間だった。
 
 
 
 
それから、休息をとった私は、万全ではないものの一人で動けるまでに回復した。
彼女はまだ心配そうにしていたが、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
途中まで送るという申し出を丁重に断り、電車に乗った。
閉じたドアの向こうで、彼女の泣き出しそうな顔があった。
なぜ彼女がそんな顔をしたのかは分からない。
けれど、私は無性に彼女を抱きしめたいと思った。
抱きしめて、大丈夫よ、と言ってあげたかった。
でもと閉じてしまったドア開けることは出来なくて、私は大丈夫、と口にするしかなかった。
 
出会ったばかりの相手なのに、なぜこんなにも惹かれるのか分からない。
それなりに悩んでいたはずの自分の進路さえ、あっさり決断し、彼女の隣を望んだ。
一体なぜ?
 
でも今はそんなことより、ただ彼女に伝えたかった。
大丈夫、すぐに会えるから。大丈夫、一人になんてしないから・・・・と。
 
それが伝わったのかどうかは分からないけれど、彼女は一度だけ頷いた。
そしてゆっくり電車が動き出す。
少しずつ彼女が遠ざかり視界から消えた時、ようやく彼女の名前を聞いていなかったことに気がついた。
だけど私は気にならなかった。
そう遠くない未来に、彼女とは再開できると確信をしていたのだから。
根拠も証拠もなにもない。
けれど私は、この予感を疑うことは無かった。
 
 
そして春、その予感は現実となって私の前に現れたのだった・・・・・
 
 


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