温泉へ行こう!(前編) 「祐巳ちゃん・・・・」 「蓉子さま・・・・」 薄暗い部屋。 敷かれた一つの布団。 向かい合いお互いを熱く見つめ合う二人。 そして二人は・・・・・ 「キャーーー!!!」 「なによ由乃ちゃん、これからがいいところなんじゃない」 「ど、どこがいいところなんですか江利子さま!!」 強烈な悲鳴でピンクの世界を打ち破った由乃は、その勢いのまま江利子にくってかかるが、 江利子は何事も無かったように、いやむしろそんな由乃を見て江利子は楽しんでいるようだ。 そんな状況でも。一応今は『目指せ!祐巳ちゃん(蓉子)とのラブラブを!委員会』の作戦会議中だったりする。 そしてこの作戦会議に参加しているのは二人だけではない。 「お、落ち着いて由乃」 「令ちゃんは黙ってて!」 「ひぅっ・・・・」 「まぁまぁ・・・・でも由乃ちゃんの言うとおり、これは由々しき事態だよ」 「そうですよね聖さま!」 「もちろん。というわけで祥子、二人と同じ旅館は押さえられた?」 「当然ですわ聖さま、小笠原に出来ない事などありませんわ」 そう、この委員会の構成メンバーは、当然ながら元山百合会の面々である。 人妻になっても諦めないあたり、彼女らの執念はすさまじいものがある。 ・・・・もっとも、積極的でない者も約一名、混じっていたりするのだが。 「(じゃあなんで祐巳ちゃんをお嫁さんにできなかったんだろう・・・・)」 そして不用意なことを考えるのも基本的にその約一名だけだったりする。 「令ちゃん・・・・声に出てるわよ」 「へっ・・・・?」 呆けた声を出しつつ令は聞いた。 どっかの魔王が降臨する音を。 ごごごごごっ・・・・・・ 「れ〜い〜・・・・」 「ひっ!?さ、祥子、今のはその・・・・」 「うふふふふ、令とは一度じっくりと話し合う必要があるようね・・・・」 「さ、祥子、ちょっと待っ」 ガシッ!!
ズルズル・・・・・バタン!! そしてあたりには静寂が広がった。 扉の向こうから何か聞こえる気がしないでもなけど、あるのは静寂なのだ。 そういうことにしておかねば命が危ない。 「・・・・助けないでよかったの、由乃ちゃん?」 「あの祥子さまを止めるなんて無理です。それにそういう江利子さまこそほっといていいんですか?」 「いやよ、私だって命は惜しいもの」 だけど、二人のやり取りを見つつ聖は思った。 『最狂』は凸だよな〜、と。 ついでに言えば聖にとっては『最凶』でもあるのだが。 「聖・・・・貴女なにかムカツクこと考えてない?」 嗅ぎつけやがるし!? なんて思うものの令のように顔にはださずに聖は答える。 「やだな〜江利子、どうして私が江利子にとってムカツクようなことを、考えなくちゃいけないわけ?」 「うふふふふ・・・・あくまでごまかそうって言うのね」 「あはははは・・・・江利子ったら深読みしすぎだってば」 「うふふふふ・・・・」「あはははは・・・・」 部屋の中に二人の不気味な笑い声が響きわたる。 微妙に顔をひきつらせながら後ずさる由乃。 そして部屋の外からは「おーっほっほっほっほ!」という、どこかのお嬢様の声に、哀れな子羊の悲鳴。 例によってこのメンバー、祐巳ちゃんのこと以外では内部分裂しまくりなのであった。 一方その頃、メインの二人はというと・・・・・ 「蓉子さま・・・・」 「祐巳ちゃん・・・・」 おなじみのフレーズにピンクの空気・・・・ではなかった。 その代わりに・・・・・ 「ここ、どこですか・・・・」 「さぁ・・・・どこかしらね・・・・」 道に迷っていた。 「さぁ・・・・じゃないですよ蓉子さま!このままじゃ私達遭難しちゃいますよ!」 「わ、わかってるよそれぐらい。でも道が分からないんだからしょうがないでしょ!」 「だからカーナビチェックに出そうっていったんですよ!」 「その後更に道案内を間違えたのは祐巳ちゃんじゃない!」 等々、二人にしては珍しく口論をしていたりする。 現状を解説すると、 『温泉へ出発→途中カーナビが壊れる→壊れたことに気づかず走り迷う→祐巳が本を見ながらナビ代わりをするが更に道を間違える→めでたく遭難一歩手前』 と、なったのだ。 事故(故障)と人災(祐巳)の合体攻撃は、いかな水野蓉子といえど防げなかったのだ。 「はぁ・・・・事前に道をチェックできなかったのは失敗だったわ・・・・」 「うぅ・・・・じゃ、じゃあ私が運転しますから、蓉子さまが地図を見てください」 名案だ、とばかりに答える祐巳。 けれど蓉子は難色を示す。 祐巳の運転が危険だからだ。 祐巳の場合、もちろん聖のようにいい加減な運転をすることはない。 本人はいたって真面目である。 そのため道中の運転も基本的に問題はないのだが・・・・ あるのだ、祐巳の場合とんでもない"一発"が。 いや、けして祐巳と共にマリア様の許へ行くのは、蓉子にとって不本意ではない。 むしろそうなっても一向に構わない。 ただし、当分先の話であればだが。 「運転・・・・するの?」 「はい」 「・・・・祐巳ちゃんが?」 「はい」 「・・・・ほんとに?」 「はい」 「・・・・」 蓉子としては思い直して欲しかったのだが、澱みなく答える祐巳についに沈黙してしまった。 「わかった、運転は祐巳ちゃんにまかせるわ」 「はい、ナビの方はお願いしますね、蓉子さま」 「えぇ、たとえここで果てようとも、祐巳ちゃんと一緒なら本望だわ」 腹をくくったのか蓉子は毅然と言い切った。 「そんなに不安なんですか・・・・」 「いえ、まぁ・・・・ちょっとだけ」 この場合、ちょっとどころじゃなさそうだったのは、見なかったことにすべきだろう。 なんとも言えない空気を車内に漂わせつつ、運転を代わった二人の車は走り出したのであった。 そしてまた、二人から遅れることしばし、 こちらのメンバーも温泉へ向けて車を走らせていた。 「うーん、出遅れたから、蓉子と祐巳ちゃんはもう着いちゃったかな〜?」 キキィィー!! 「あぁ、でも雪道だから、案外ゆっくり進んでるかもね〜」 ズザァァー!! 「あれぇ〜、どうしたの皆、口数少ないよ〜?」 ギョギョギョッ!! 「江利子スマーッシュ!!」 そして技名と共に、江利子の右ストレートは運転中の聖にクリーンヒットした。 「へぶぅっ!?」 ギギギギィー!!・・・ぴた。 「誰のせいで口数が少ないと思ってるのよ!!」 「し、死ぬかと思った・・・・」 「令ちゃん、私、気持ち悪い・・・・」 叫びながら車から出てきた江利子を筆頭に、黄薔薇の面々がぞろぞろと降りてきた。 「いたた・・・・運転中に何するんだよ江利子!危ないじゃないか!」 「危ないのはあんたの運転の方よ!」 「そうですよ聖さま!どれだけ私達が怖い思いしたと・・・・うっぷ」 「よ、由乃、しっかり!」 運転中の人間に右ストレートもいとわないほど、聖の運転は酷いものだったらしい。 「何回か急ブレーキかけたり、ドリフトしただけじゃないか。どこが問題なのさ」 急ブレーキはともかく、いつの間にか聖はドリフト走行をこなせるようになっていたらしい。 とはいえ、急ブレーキもドリフトも、一般人にとっては恐ろしいことこの上ない。 「凍った路面でやるな!」 「ぶべらっ!?」 叫びと共に、再び江利子の拳が炸裂する。 平時でさえ恐ろしい運転を凍結した路面でやられたのだ、江利子の怒りはもっともである。 「いっつ・・・そんな本気で殴らなくても・・・・それにほら、江利子達には怖かったかもしれないけど、祥子は気持ち良さそうに寝てるじゃない」 そう言われて江利子が後部座席を覗くと・・・・確かに、祥子は旅立っていた。 夢の世界ではなく、あっちの世界へと。 どうやら、酔い止めが効く前にあの恐怖に直撃されたらしい。 しかしながら、薬が効いて眠ったところで、夢見がいいことは絶対にないと思われる以上、 早々に気絶した祥子は、ある意味一番幸せなのかもしれなかった。 「ほら、幸せそうな顔して寝てるじゃない、私の運転が絶品だった証拠だよ」 確かに絶品と言えばある意味絶品ではあったのだが、 現在の江利子にそれに頷く余裕はなく、無言で右拳を振り上げた。 あっちの世界どころか、いっそあの世へ送ってやろうか、と。 「あ、嘘です、ゴメンナサイ、なんかよく分からないけど」 その右拳にビビったのか慌てて謝るものの、ここまでしといて、なんかよく分からないとほざくあたりが聖だった。 「まったく・・・・まぁいいわ、とにかく運転は私がするわ」 「ええっ!江利子が!?」 「・・・・なにかご不満でも?」 再び拳を構える江利子。 こころなしか光って見える。 「おー、さすが江利子。ちなみにそれ、唸る?」 「目の前の物体を殴り飛ばせば唸るかもね・・・・試す?」 「いえ・・・・遠慮しときます・・・・」 「結構。さあ、さっさと運転席を空けなさい。ただでさえ遅れてるんだから」 「はぁ〜い・・・・」 聖はしぶしぶといった感じに席を譲る。 「令、由乃ちゃん、出発するわよ」 「大変そうだね〜・・・・大丈夫、由乃ちゃん?」 「・・・・誰のせいだと思ってるんで、うっ・・・・」 「由乃、もう少し休ませてもらったほうが・・・・」 「何言ってるのよ令ちゃん!こうしてる間にも蓉子さまは祐巳さんと・・・・くぅー!うらやましいぃー!!」 「そうよ!これ以上遅れをとるわけにはいかないわ!行くわよ由乃ちゃん!」 「はい!江利子さま!」 気合い十分な二人に対し、それでもついて行かなければならない令は、トボトボと車に向かったのであった・・・・・ ....To be continued
ごめん、長くなったからカットした(マテ) そしてしっぽりからは限りなく遠い気がする(滝汗) 後編で当初の予定に戻ってこれるのか、私(・・;)
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