温泉へ行こう!(後編) 


 
 
 
 
 
 
「蓉子さま・・・・」
「祐巳ちゃん・・・・」
 
「着きましたね・・・・」
「ええ、着いたわね・・・・」
 
 
 
 
それだけ言って二人は大きなため息をついた。
だいぶ時間はおしたものの、運転交代後は特に問題もなく、誰かさんと違って危険な運転だったわけでもない。
ただ、祐巳も蓉子も気が張っていたのだ。
蓉子は祐巳がポカをしないように見張りつつナビをし、
祐巳は祐巳で隣で睨みをきかせている、蓉子の圧力に耐えながら車を走らせていたのだから。
 
が、しかし、この気の緩みがまずかった。
 
 
 
 
「あ、仲居さんが出迎えてくれてますね〜♪」
「えぇそうね・・・・って、祐巳ちゃん!前、前っ!?」
「へ・・・・?ぎゃぁぁーー!!」
 
 
 
 
キキィーー!
 
 
ドスン!
 
 
サバァァーー!!
 
 
・・・・・・・
 
 
 
 
その光景を目にして、出迎えの仲居さんが慌てて駆け寄る。
それはそうだろう、目の前で客の車が雪山に突っ込んだのだから。
そして当の車は、なんと前半分が雪の中。
 
 
 
 
「蓉子さま・・・・視界が白いです・・・・・」
「そりゃそうでしょう・・・・」
「天国ってことはないですよね・・・・」
「えぇ、危うくそうなりかけたけどね・・・・」
 
 
 
 
単に雪の山だったからよかったものの、中に岩かなんかがあろうものなら、運転席はペシャンコになっただろう。
文字通り、マリア様への片道切符になるところであった。
結局、旅館の車に引っ張ってもらい、雪山からどうにか脱出した蓉子たちは、それでもなんとか無事(?)に旅館へ到着したのである。
けれど、悪夢はこれで終わりではなかった。
 
 
 
 
「ねぇ、祐巳ちゃん・・・・」
「なんですか蓉子さま・・・・」
「"アレ"から物凄い悪意と悪寒を感じるのだけれど」
「えぇ、私もそう思ってたところです・・・・」
 
 
 
 
そう、目の前に鎮座している"アレ"、改め旅館の案内板から。
複数並べられ、そのうち一つは蓉子達のことである"水野様ご婦々"、
そして問題のもう一つには・・・・"佐藤様ご一行様"と、書かれていた。
佐藤なんて苗字は腐るほどある、掃いて捨てるほどある、更に言えば売るほどある。
もっと言えば作者の苗字だって佐藤である。

・・・・まぁとにかく、言い方を変えようがどうしようが、
とにかく沢山あるのだから、いちいち気にしていたらきりがない。

・・・・・その案内板から、真っ黒いオーラが出ていなければの話だが。
 
 
 
 
「出てますね・・・・」
「出てるわね・・・・」
 
 

 
 

 


 
しかも、ずももももっ、という効果音付きで。
 
 
 
 
「・・・・とはいえ、ここで気にしていても仕方ないわ、部屋に行きましょう」
「そうですね・・・・」
 
 
 
 
あくまで優雅に、しかしどこか怒ったように蓉子はズンズンと歩いていく、若干の紅オーラを発しつつ。
そして祐巳はその後ろをトボトボとついていく。
せっかく二人で旅行にきたのに、とその顔が語っていた。
けれど浮き沈みが激しい祐巳のこと、部屋につくなり祐巳のそんな憂鬱は、すぐに吹き飛んでしまったのだけれど。
 
 
 
 
「うわぁ〜、見てください蓉子さま、一面銀世界ですよ!」
「結構いい眺めね、秋ならきっと紅葉が綺麗でしょうね」
 
 
 
 
さっきの暗さから一転、祐巳はすっかり景色に見入られていた。
 
 
 
 
「あー、それも見たかったですね〜。あ、あっちの方に湖もありますよ!スケートとかできますかね〜?」
「どうかしら?氷が厚くないと難しいと思うけど」
「乗ってる時に割れちゃったら危ないですもんね。うーんと、じゃあこっちは・・・・あ・・・・・」
「あ・・・?」
 
 
 
 
祐巳が更なる発見を求めて、もう一つの障子を空けた先には・・・・
なんと温泉が鎮座していた。
それも部屋専用の。
 
 
 
 
「あ〜・・・・」
「あら、素敵ね。祐巳ちゃん一緒に入る?」
「へ?ふえぇぇっ!?わ、私下の温泉に行ってきます!」
 
 
 
 
蓉子がちょっとからかうと、祐巳は真っ赤になって逃げだしてしまった。
今更恥ずかしがることもないだろうに、と蓉子は思うものの、昔と変わらぬ祐巳の姿が微笑ましいのも確かで、
蓉子は苦笑をもらしつつ、祐巳の後を追うのであった。
 
 
 
 
「はあぁぁ〜・・・・び、びっくりした・・・・」
 
 
 
 
100Mの自己新記録を叩き出す勢いで共同浴場まで駆け抜けた祐巳。
はっきり言って他人の迷惑である。
誰とも遭遇しなかったのが唯一の救いであろうか。
 
 
 
 
「蓉子さまも蓉子さまだよ〜、分かっててからかうんだから・・・・」
「あら、私はいつでも本気よ祐巳ちゃん」
「ひえっ!?よ、蓉子さま!?音もなく背後に立つのはやめてくださいって、いつも言ってるじゃないですか!」
「音はたててたわよ、祐巳ちゃんが気づかなかっただけで」
「う〜・・・」
 
 
 
 
ぐちぐち言っている祐巳の背後に立つことが多い蓉子だが、祐巳の鈍さに加え気配を消して近づくのだからたちが悪い。
夜道でやられたときなど、祐巳は気絶しかけたほどだ。
そして今背後に立っていると言うことは、祐巳に追いつく速度でダッシュしたことになる。
はた迷惑この上ない婦々である。
 
 
 
 
「だからってわざわざ背後に立たなくてもいいじゃないですか!」
「そうかしら?それに、後ろからならこうやって抱き締められるじゃない」
 
 
 
 
そう蓉子が言い終わらないうちに、ふわっとした感触が祐巳を包む。
 
 
 
 
「むー・・・・驚かない程度でお願いします・・・・・」
「ふふ、善処するわ」
 
 
 
 
なんだかんだ言いつつもまんざらではない祐巳と、全て分かったうえで包み込む蓉子。
その光景はいつ見ても、暖かく微笑ましいものだ。
 
 
・・・・・ここが脱衣所でなければ。
 
 
そしてそんな二人を見つめる二対の目があった。
 
 
 
 
「蔦子さま・・・・」
「なにかしら笙子ちゃん・・・・」
「入れませんね・・・・」
 
 
 
 
これも巡り合わせと言うべきか、この旅館には蔦子と笙子も遊びにきていたのだ。
もちろん、案内板にも名前はあったものの、『内藤』と書いてあったうえに、
暗黒オーラを放っていた「佐藤様ご一行様」に気を取られていたため、祐巳と蓉子がその存在に気づくことはなかったのだ。
 
 
 
 
「・・・・入れなくてもいい」
「えっ?」
「いや、むしろ入らなくていいから写真が撮りたい!っていうか撮らせてー!!」
 
 
 
 
そう言って叫ぶ蔦子の手には愛用のカメラが・・・・・無かった。
 
実は防水仕様の物を持ってきていたものの、温泉での撮影は笙子に禁止されたのだ。
それに脱衣所に貴重品を置いておくのは危険なため、泣く泣く部屋の金庫にしまってきたのだった。
 
 
 
 
「まったく蔦子さまは・・・・駄目ですよ、お邪魔虫は」
「なっ!?笙子ちゃん!こんな美しい絵を撮らないなんて、貴女それでも写真部部員なの!」
「確かに美しいとは思いますが、アレを邪魔したら命がありませんから」
 
 
 
 
大学部でも、もちろん写真部(というかサークル)な二人ではあるが、現実問題、誰だって命は惜しい。
 
 
 
 
「う、ぐ・・・・」
「さ、ここにいても入れないですし、お部屋の温泉の方に行きますよ蔦子さま」
「あぁっ!も、もうちょっと待って!せめてもう少し、心のフィルターに焼き付けさせて〜!」
「嫌です」
 
 
 
 
写真が撮れないのならせめて!と叫ぶ蔦子に、にべもなく答えた笙子は、
蔦子の浴衣の襟をガシッ!っと掴むと、そのままズリズリと引きずり始めた。
 
 
 
 
「く、苦しい!笙子ちゃん、ギブ、ギブッ!」
「自業自得です!せっかく二人で旅行に来てるのに・・・・」
 
 
 
 
強気な態度から一転、シュン、とうなだれた笙子を見て蔦子は焦った。
 
 
 
 
「い、いや!笙子ちゃんと被写体は違うから!笙子ちゃんは私の大事な・・・・はっ!?」
「え・・・・」
 
 
 
 
そして焦りすぎたせいか、蔦子はフォローのために、凄いところまで口走りすぎてしまった。
結局二人して顔を真っ赤にして、そのまましばらく立ち尽くすことになるのであった・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
「いいお湯ね・・・・」
「いいお湯ですね〜・・・・」
 
 
 
 
そう言って、はー、っと二人揃って息をつく。
長い長い脱衣所での一時から、ようやく温泉につかるところまでこぎつけたのだ。

それにしても、一緒にいると似るっていうけど、最近ほんとに仕草が似てきたな〜、と祐巳は思う。
今の二人で息をつくのもそうだ。どっちかといえば蓉子より、オヤジ仕様の聖の方が似合うだろう。
そこでふと思いあたった。
ということは、あの抱き締め癖もひょっとして祐巳のものなのだろうかと。
 
 
検証中・・・・
 
抱き締め癖→有る、下級生にたっぷりとやってた気がする。
背後から→そりゃあもちろん。
 
 
・・・・確定かもしれなかった。
 
 
 
 
「そう、そんなに下級生の子達に抱きついてたの」
「えぇ、まぁ・・・・あれ?」
「祐巳ちゃん声に出てたわよ。ふふふふふ・・・・・・」
 
 
 
 
麗しいお顔に笑みを浮かべたまま、あくまで優雅に美しく、しかし目だけは笑わずに祐巳に詰め寄る蓉子。
すさまじく身の危険を感じ、顔を引き攣らせながらお湯のなかを後ずさる祐巳。
やがて・・・・
 
 
 
 
ドン
 
 
 
 
「あ・・・・」
「うふふふふ・・・・行き止まりみたいね・・・・・」
「いや、あれはただのスキンシップで・・・・って、なんで手をワキワキさせながら寄って来るんですかっ!?」
「お仕置き、もとい愛あるスキンシップを私もはかろうかと思って」
「今お仕置きって言ったじゃないですかぁ!?ちっともスキンシップじゃな・・・・ちょっ、まっ、・・・・」
 
 
 
 
「ぎゃぁぁぁー・・・・・・!!!」
 
 
 
 
これでもか!というくらいの悲鳴が浴場に響き渡るのであった・・・・
 







「蓉子さまのばかぁ〜・・・・」
 
 
 
 
そして、ようやく・・・・本当にようやく、温泉から部屋に戻ってきたものの、
ご丁寧にシクシクという擬音までつけて、祐巳は隅っこの方で丸くなっている。
原因は言うまでもなく、この部屋のもう片方の住人である。
 
 
 
 
「ごめんなさい・・・・その、ここのところ忙しかった反動でつい・・・・・」
 
 
 
 
だからっていつ人が来るか分からないところであれは、怒らない方が稀というものであろう。
ちなみに詳細は(以下自主規制)・・・・各人の妄想力で補うことをおすすめする。
脱衣所に続き、誰も温泉に突入できなかったということだけ述べておこう。
 
 
 
 
「うー・・・・ひ、人が来そうなところではもうしないでくださいね!」
 
 
 
 
そうしたら許してあげます!と、ひとしきり唸った後、顔を真っ赤にしながら祐巳はそう切り出した。
そんな祐巳を可愛く思いつつ、蓉子は頷いて祐巳を優しく抱き締めた。
 
 
 
 
「そうね、可愛い祐巳ちゃんを他人には見せたくはないわ」
「よ、蓉子さまっ!」
 
 
 
 
更に顔を真っ赤にさせて叫ぶ祐巳を見て蓉子は微笑んでいたのだが、
やがて何かを思いついたような顔をして祐巳に聞いてきた。
 
 
 
 
「ところで祐巳ちゃん、この温泉の効能って知ってる?」
「へ?疲労回復に食欲増進ですよね?」
 
 
 
 
何を今更、という感じに答える祐巳。
けれど、そんな祐巳に蓉子は悪戯っぽい笑みを浮かべて、
とっておきの一言を囁いた。
 
 
 
 
「それだけじゃなくてこの温泉はね・・・・」
 
 
 
 
 
『子宝の湯って言われてるのよ』と・・・・・
 
 
 
 


.....Fin
 


あとがき(言い訳)

ごきげんよう、皆様、散々お待たせした挙句自主規制までかけたキッドです♪
各自きちんと脳内保管するように(* ̄▽ ̄)ノ(笑)
いや、しかし、難産でしたね、今回は。
書き方はつねに研究してるんですが、いつもと違って今回はキャラ視点じゃなかったのでちょっと書きにくかったかな?
まぁ突っ込むところは突っ込んでますが。

 
今回のSSはラブではあるけど、リクのしっぽりに応えられたかはびみょーな感じですが、
龍華さんに捧げます♪お嫁(違っ)にだしますんで、もらってやってくださいまし〜m(_ _)m

 


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