スコール

 
 
 
 
 
 
 
 
「あ、はやてちゃん、まだ居たんだ?」


 ふと、聞き覚えのある声で沈みかけていた意識が浮上する。
 顔を上げた先には、なのはちゃんが驚いたように瞳を瞬かせていた。
 良く見れば、栗色の髪と制服がしっとりと濡れていた。外は雨だろうか?
 彼女から視線を窓の外に向ければ、予想通り外は傘無しで帰るのには辛い量の雨が地面へと己の身を叩きつけていた。


「……ああ、うん。ノート写してたはずなのに、夢の世界に旅立ってたみたいや」


 疲れてるんかなぁと明るく笑ってみせれば、目の前の彼女は咎めるように形のいい眉を顰めた。


「もう、無理はダメだよ? はやてちゃん」


 予想通りな言葉に苦い笑みを浮かべてしまう。いつだって、誰よりも無理をしているのはなのはちゃんの方なのに、自覚のない彼女は自分の心配より先に人の心配で頭をいっぱいにしてしまう。
 いい加減、気付くべきなのだ。自分がどれだけ周りから心配されているかを。


「なのはちゃんにだけは言われたないなぁ、それ」


 困ったように笑えば、なのはちゃんも同じように笑い、気まずさを誤魔化すかのように鞄からハンドタオルを取り出し、濡れた髪にあてがいながら、私の目の前の席に腰を下ろす。


「にゃ、にゃはは……昔よりは無理しないようにしてると思うんだけど」
「あれで無理してないとか、自覚なさすぎやなのはちゃん……」


 つい先日も、彼女は過労で倒れかけたのだ。教導メニューに任務、学校とやる事は山ほどあるのだから、どこかで息抜きをしないといけないのに。
 彼女はそれを一つ一つ真剣に、完璧にこなそうとする。
 それによって生じる肉体への負担も、精神面への負担も気付かないうちにとても大きなものへと姿を変えていくというのに。


「あ、あの時は、その……テスト勉強も重なっちゃったし」


 水気を含み、段々と朱に染まっていく肌を、穢れのない白いタオルが滑る。
 髪の毛から始まり、首筋、鎖骨、――微かに肌色を透かし服の上からでも分かる豊満なそれから視線を逸らす。自然と高鳴る胸を押さえ、かぶりを振った。


「なのはちゃんに息抜きさせてあげられる人でもおったらええんやけどなぁ。なのはちゃんは好きな人おらへんの?」


 ――フェイトちゃんとか。
 脳裏に煌く金色を見ながらも、その一言だけは飲み込んだ。
 彼女しか居ない。でもそれを口に出されてしまうのは嫌だった。
 けれど見てしまった。びくりと顔を強張らせたなのはちゃんの表情を。
 無駄な足掻きをする自分に溜息を吐きながらも、一つの覚悟を持って、ゆっくりとなのはちゃんを見据えた。


「うん……気になる人なら居るよ」


 覚悟していた筈なのに、思っていたよりもショックは大きかった。


「……へえ、なのはちゃんが気になるくらいやから、きっと素敵な人なんやろうねぇ」


 自分にはとことんこういった立場がお似合いらしい。
 ショックを受けている筈なのに、「この学校の人なん?」「それとも管理局の?」「年齢は――」口からは調子のいい言葉がすらすらと淀みなく発せられる。


「うん。辛い筈なのに、誰にも心配かけないよう明るく振舞って、そのくせ、誰よりも優しくて暖かい人」


 きっと、わたしと彼女の中には今、同じ人物の姿が思い描かれている。
 美しい金色の髪を持ち、ルビーのように赤い瞳を持つ少女。


「そうなんや……うまくいくとええね」


 応援しとるよ。そう発した声が少し震えていたのは、自分でも気付けなかった。


「うん。……でも、その人は私の事見てないから」


 ぽつりと、寂しそうに呟く彼女に苦笑する。
 大丈夫や、なのはちゃんとフェイトちゃんはわたしから見てもらぶらぶの相思相愛やから! 
 そんな事を冗談で言えたら、少しは楽になるのだろうか。


「だいじょ」
「はやてちゃんは、居ないの? 好きな人」
「――え?」


 急に振られた会話に、思わず固まる。これは予想していなければいけない事だった。


「教えて」


 今は隠れて見えない蒼と同じ色の瞳が真剣な光を帯びて私を射抜く。
 その眼差しに、どうやって誤魔化そうかと考えていた思考はどこかへ飛ばされてしまった。
 欲を出してしまったのかもしれない。
 優しいなのはちゃんなら、この気持ちを告げれば受け入れてくれるのでないかと。


「……おるよ。ずーっと、好きでいる人」
「そっか。きっと素敵な人なんだろうね。はやてちゃんが好きになるくらいだもん」


 どこかで聞いたような台詞を耳にして、思わず笑みが零れた。


「人一倍無茶して、なのに心配かけんよう明るく振舞う。どうしようもなく危なっかしいのが、一人。
 あまりに危なっかしいから、ずっと傍で見守る事に決めてるんや」
「はやてちゃんにそこまで想われてるなんて、幸せだね、その人」
「……どうやろね。きっと、私なんて眼中にないと思うよ」


 叶わなくていい。伝わらなくていい。ただ、無茶してばかりのなのはちゃんを、見守り手を伸ばせる位置にいれるなら、それでいい。


「……あのね、はやてちゃん。私が好きなのは」
「雨、つよなってきたなぁ。そろそろ出んと帰れなくなりそうやね」


 なのはちゃんの言葉を遮るようにして立ち上がる。言葉は、椅子が床を擦る音と、強くなってきて雨音で掻き消えてしまった。
 故意的に出した音だから仕方ないけれど、でも、今はまだなのはちゃんの口から直接聞くことは出来ない。
 ごめんな、なのはちゃん。自分の気持ちにちゃんとけじめつけて、そしたらつものお調子者なわたしに戻るから。だから、今はごめんな。
 届かない謝罪を心の中で繰り返し、反芻する。自分に、言い聞かせるために。


「先にコピーとってかなあかんから、なのはちゃんは先に帰っててええよ。シャマル達が迎えにくるの、もうちょっとかかりそうやしなぁ」
「手伝おうか?」
「ううん、そんなに枚数ないから大丈夫やよ。速く終わったら追いかけるから、気にせんといて」


 笑顔で告げれば、なのはちゃんは渋々引き下がる。教室の扉を閉めて、なのはちゃんに向き直り今の自分が出来る最高の笑みを浮かべ親指を突き出した。


「意中の相手とうまくいくとええね。作戦はばっちり練っとくから、任せとき!」
「あ、はやてちゃん! 私!」
「ほな! また明日!」


「……はやて、ちゃん」




 なのはの言葉を振り切るように走り去るはやてを、私は向かいの廊下から見つめていた。
 はやては、勢い良く走って行ってしまったから気付かない。いや、はやてがああいう性格だからこそ、気付かない。
 走り去るはやての背中を、寂しさを一滴零したような瞳でなのはがずっと見つめていたことに。

 なのはにとっても、はやてにとっても災難であろう状況は、全てを見ていたフェイトの良しとするものであった。


「……はやてになのはは渡さない。なのはをはやての所にも行かせない。でも、私もなのはを手に入れようとは思わない。抜け駆けしちゃ、だめだよ、二人とも?」


 どこまでも透き通った綺麗な真紅の相貌の中に混じる濁りは、かつてフェイトの母親であった人が浮かべていたモノと酷似していた。

 誰も真実を見ようとはしない。だからこそ気付かない。この、歪んでいく関係に。


 ――雨足は、勢いを増すばかりで、晴れ間が覗くことは、当分の間なさそうだった。

 
 
 
 

...Fin

 
 


星藍さんとこのチャットでキッドが襲っ……もとい、嫁兼抱き枕にした真呉(まぐれ)さんからいただきました!!
いや、キッドがあまりにも死んでるもので、回復の呪文代わりに(笑)
ちょー切ない三角関係ー!っつてもはや→←なの←フェイって感じでしょうか?
なのは様至上主義なキッドにはうはうはな代物です!!愛されなのはさんバンザイ!(笑)
まぐれさんありがとうございました〜♪(ぎゅー

管理人:2008/6/27著


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