このあまりに鈍感で、あまりに素直な恋人は、見慣れない小さな機械に戸惑いを隠せないでいる。 まあ、誕生日でもクリスマスでも無い日にプレゼントを渡されるのは確かに驚くわよね。 ましてや、私からだし。自分でもそんなことするのは柄じゃないって分かってるのよ。
彼女はその小さな電話を、下から眺めたり、横から覗いたり、軽く振ってみたりと、まるで江戸時代の人間が現代にやってきてしまったかのような行動ばかりを取っていた。 そんな仕草ですら、可愛くて仕方が無いなんて、私もずいぶんと凄いところまで来てしまってるようだ。 「で、この電話、どうしたんですか?」 どうやら、本気で分かってないみたいだった。 何のために赤色の携帯を選んだのかも、わざわざ小さな子狸のストラップまでつけてあるのかも、どうやらこの可愛い恋人には、きちんと言葉で説明してあげなければいけないらしい。 私が、それをどれほど苦手としているかも知らないで、その大きな目で下から覗くように私の顔を見てくるんだから。鈍感って怖い。 「だ、だから、この前のデートの時、事故で電車が遅れてしまって、凄く祐巳ちゃんに心配をかけたでしょう?」 「・・・あぁ、でも三十分くらいだったじゃないですか」 そう軽く言う彼女だったけれど、私が慌てて待ち合わせ場所に駆けつけると、祐巳ちゃんは涙目になって待っていた。 どれほど心配かけたのか、どれだけ心細かったか、どんなに不安だったことか。 その潤んだ瞳のまま作ったように笑う祐巳ちゃんを見た時、私は二度と彼女にこんな不安を味わわせたくないと思った。いや、味わわせてたまるもんか、絶対にさせない、と誓った。 「それでも、連絡があるのと無いのとでは、同じ三十分でも違うでしょう」 「そうですけれど・・・。でも、私は大丈夫なんですよ」 そう言って祐巳ちゃんは少し照れたように笑う。 「大丈夫って何がよ」 「蓉子様が約束をくれたのであれば、私は一時間でも二時間でもお待ちしています。私、信じてますから。蓉子様は約束されたことは意地でも守ってくださるって」 「でも、ほら、たとえば向かってる途中で車にはねられたりとか・・・」 「そうしたら、蓉子様のことですから、救急隊員の人にでも伝えてくださるような気がするんです。 鈍感でボヤーっとした子だと思っていたのに、祐巳ちゃんは私よりも私のことを分かっていた。 「蓉子様を信じてる。それがあれば、私はずっと待ってられます。機械に頼らなくても大丈夫なんですよ」 まぶしいぐらい真っ直ぐな彼女の心を見せ付けられて、急に恥ずかしくなって俯いてしまった私の頭を、祐巳ちゃんは優しく撫でながら言ってくれた。 「それにしても、蓉子様も甘えん坊ですねえ。私が言える立場ではありませんけれど」 「・・・え?」 「この電話があれば、夜遅くに蓉子様が私の声を聞きたくなった時、ウチの家族に遠慮することなく電話がかけられますもんね」 「・・・ん?」 「違うんですか?」 とても冗談を言っているとは思えない顔で祐巳ちゃんは首をかしげた。 「よ、蓉子様?」 どうやら自分がずいぶんと大きな勘違いをしてると気づいてしまった祐巳ちゃんは、顔を真っ赤にしていた。 「敵わないわ・・・」 笑いながら額に手をやって、私は天井を仰いだ。 「そういえば、蓉子様の番号がわからないと電話かけられないのですが」 「それなら、もう登録しておいたわ」 恥ずかしいからなのか、話題を変えようと必死な祐巳ちゃんの頭を撫でてあげた。それで落ち着きを取り戻したのか、祐巳ちゃんのいつもの笑顔に戻った。 「本当ですか?ありがとうございます。蓉子様の携帯はどんなのなんです?やっぱり蓉子様のイメージだと、深みのあるワインレッド、なんて似合いそうだな〜と思うのですが」 「・・・見せてあげない」 「ええ?!なんですか、それ!見せてくださいよ!」 追求の手から逃れるように、私は祐巳ちゃんの背後に回り、後ろから抱きしめた。 「・・・蓉子様ってズルいですよね。敵わない、なんて台詞は私の方ですよ」 そう言って少し膨れて、頬を染める祐巳ちゃんの肩に顔を埋めた。彼女よりも私の顔のほうが紅潮してると自分でも分かっていたから。 だって言えないじゃない。色も機種も何もかもおそろいだ・・・なんて、ね。 この果てしない夜空を越えて、声だけでも繋がりたいと願う夜もあるだろう。そんな時は、少しだけこの機械の力を借りることにしよう。 私からかけることの方が多そうなのが少し悔しいけれど。
相互リンク記念に無気力ピエロの小波さんから頂きました♪ 管理人:2007/9/26著
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